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バブルに咲いた「マリア」伝説とは 福岡の最新クラブ事情

2017年03月23日 03時00分 更新

記者:木村貴之


  • 美獣のフロアを取材中、「私たちを撮って」と声を掛けてきた女性2人組。お立ち台に上がった気分のポーズ?(撮影・木村貴之)

  • 「美獣」のフロアの片隅で目を光らせるセキュリティー班の外国人男性。一見こわもてだが、優しく、礼儀正しい紳士がそろう

  • 興奮に包まれた「美獣」のダンスフロア。週末は人気DJらが相次ぎ来演、中洲の夜更けを盛り上げる

  • 「マリアクラブ」のダンスフロア。週末は九州各地から若者が集まり、「かもめ族」「有明族」の言葉も生まれた(1988年)


 客は、少し肌を露出したファッションの女性たちや、カジュアルな装い
のサラリーマン…。VIP席には、スーツやドレス姿の男女がシャンパングラスを手に陣取る。DJブースには、世界を舞台に活躍する「DJ KAORI(カオリ)」や元AKB48の歌手板野友美らが続く。ピコ太郎の「ペンパイナッポーアッポーペン」(PPAP)が流れると、さらにヒートアップ。お立ち台で踊りだす男女を、セキュリティースタッフを務める屈強な外国人男性が制止する場面もあった。

 なぜ今、中洲にダンスクラブなのか。代表の坂口佳奈さん(31)は、中洲を「女性も楽しめる街」にしたいという。飲食店やクラブ、キャバクラ、バーなど約3500店が集積する中洲。1日当たりの客は約6万人とされるが、大半は年配のサラリーマンや自営業者が中心の男性客だ。だから「私と同世代の女性も安心できる遊び場をつくりたかった」と話す。コンセプトは「女性に優しいクラブ」。女性専用のパウダールームは広いスペースを確保し、男性客による執拗なナンパ行為は「レディーファースト」を重んじるセキュリティー班が徹底排除する。そこには「若い女性客が増えれば若い男性客も増え、中洲はより活気づく」という思いがある。

■ワンレン・ボディコンが殺到

 若者の街、福岡でダンスシーンの先駆けとなったのは、バブル期真っただ中の1986年、福岡市中央区の「親不孝通り」にオープンしたディスコ「マリアクラブ」だった。まさに「ワンレン・ボディコン」などバブリーネタで人気があるお笑い芸人、平野ノラが表現する時代の象徴だったが、その繁栄ぶりを知る世代は、40代以降だろう。

福岡市・中洲で昨年10月オープンしたダンスクラブ「美獣 bijou」。最先端の音響や照明、映像装置で空間を演出する(撮影・木村貴之)
セクシーな衣装とノリノリの躍りで「美獣」のダンスフロアを盛り上げる「バーレスクTOKYO」の女性ダンサーたち
美獣に登場した「DJ KAORI」。リミックスCDの売り上げ世界一を誇る女性DJで、マライア・キャリーやマイケル・ジョーダンなどスーパーセレブからパーティーDJをオファーされたことも
大きな吹き抜けがあり、当時最先端の音響や照明設備などが備わった「マリアクラブ」のメーンフロア(1991年)
「マリアクラブ」では、レースクイーンコンテストなど当時の世相を映す多彩なイベントが連日催されていた(1994年)
「マリアクラブ」で催されたパーティーイベント。当時流行していた「ねるとんパーティー」とみられる(1990年)
親不孝通りの路地にあったマリアクラブ。系列のディスコや飲食店も並び、路地は「マリアストリート」と呼ばれた(1991年)
「マリアストリート」の今。マリアクラブ跡地(右)には高層マンションがそびえ、かつての面影はない(撮影・木村貴之)
かつて親不孝通りが歓楽街と化したのを受け、福岡県警が1993年に新設した舞鶴交番。マリアクラブの名残といえる?
バブル期に全盛期を迎えたマリアクラブ。ダンスフロアにみなぎった活気が忘れられない人は少なくない(1989年)
時代は変わっても根強いファンがいる福岡のダンスシーン。興奮の体験は職場や地域、時代の活力につなげたい(撮影・木村貴之)









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