ようこそ ゲスト様

qBiz 西日本新聞経済電子版

福岡スタイル

一覧ページへ

バブルに咲いた「マリア」伝説とは 福岡の最新クラブ事情

2017年03月23日 03時00分 更新

記者:木村貴之


  • バブル期に全盛期を迎えたマリアクラブ。ダンスフロアにみなぎった活気が忘れられない人は少なくない(1989年)

  • 時代は変わっても根強いファンがいる福岡のダンスシーン。興奮の体験は職場や地域、時代の活力につなげたい(撮影・木村貴之)


 柴田さんによると、常連客の多くは夕方に居酒屋で食事し、カラオケパブ、ディスコ、バー…とはしごして、6次会まで続く宴会も珍しくなかったという。店のドレスコードに備えるため、天神のファッションビルでDCブランドのスーツやスカート、アクセサリーを買い漁る人も絶えなかったらしい。経済効果は絶大だった。

 ただ、マイナス面もあった。地元喫茶店の店主は「通りは日中から若者でごった返し、人波を通り抜けるだけでどっと疲れた。日が沈むとナンパ目的の外車や改造車が出没し、夜が明けたら通りにごみが散乱。通りは徐々に風紀が乱れた」と振り返る。そうした声が相次いだのを受け、93年には福岡県警が通りの一角に舞鶴交番を新設したほどだ。

 90年代後半、予備校が相次ぎ閉校したことを受け、地元は2000年、イメージアップを狙って愛称を「親富孝(おやふこう)通り」に改名した。それでもにぎわいは薄れ、周辺で営業中の店舗は200程度に減少。今年2月、活気を取り戻そうと、17年ぶりに「親不孝通り」の愛称を復活させた。

 マリア通いに明け暮れたという地元喫茶店の女性店員(44)は「しつこいナンパや、セカンドバッグを抱え“その筋の人”に見えたスーツ族は苦手だったけど、エネルギッシュな時代を経験できたのは幸せかも。街や時代を元気にする空間はどこかに必要。『美獣』は面白そうだし、私ものぞいてみなきゃ」と話してくれた。

 女性たちを魅了し、バブルに咲いた「マリア」。その存在を思い起こさせる中洲の大型ダンスクラブ・美獣は、福岡を盛り上げる装置となるのか。今後もダンスフロアに足を運び、営みを見守ることにしよう。

福岡市・中洲で昨年10月オープンしたダンスクラブ「美獣 bijou」。最先端の音響や照明、映像装置で空間を演出する(撮影・木村貴之)
セクシーな衣装とノリノリの躍りで「美獣」のダンスフロアを盛り上げる「バーレスクTOKYO」の女性ダンサーたち
美獣に登場した「DJ KAORI」。リミックスCDの売り上げ世界一を誇る女性DJで、マライア・キャリーやマイケル・ジョーダンなどスーパーセレブからパーティーDJをオファーされたことも
美獣のフロアを取材中、「私たちを撮って」と声を掛けてきた女性2人組。お立ち台に上がった気分のポーズ?(撮影・木村貴之)
「美獣」のフロアの片隅で目を光らせるセキュリティー班の外国人男性。一見こわもてだが、優しく、礼儀正しい紳士がそろう
興奮に包まれた「美獣」のダンスフロア。週末は人気DJらが相次ぎ来演、中洲の夜更けを盛り上げる
「マリアクラブ」のダンスフロア。週末は九州各地から若者が集まり、「かもめ族」「有明族」の言葉も生まれた(1988年)
大きな吹き抜けがあり、当時最先端の音響や照明設備などが備わった「マリアクラブ」のメーンフロア(1991年)
「マリアクラブ」では、レースクイーンコンテストなど当時の世相を映す多彩なイベントが連日催されていた(1994年)
「マリアクラブ」で催されたパーティーイベント。当時流行していた「ねるとんパーティー」とみられる(1990年)
親不孝通りの路地にあったマリアクラブ。系列のディスコや飲食店も並び、路地は「マリアストリート」と呼ばれた(1991年)
「マリアストリート」の今。マリアクラブ跡地(右)には高層マンションがそびえ、かつての面影はない(撮影・木村貴之)
かつて親不孝通りが歓楽街と化したのを受け、福岡県警が1993年に新設した舞鶴交番。マリアクラブの名残といえる?









特集 qレポートの最新記事



そもそもqbizとは?

Recommend

ランキング

Recommend

特集 最新記事

コラム 最新記事