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あでやか博多芸妓、意外なルーツ 伊藤博文、マッサンも愛した

2017年06月13日 03時00分 更新

記者:木村貴之


  • 「博多どんたく港まつり」でにぎわう街角で、あでやかな舞や演奏を披露する博多券番の芸妓たち=5月4日、福岡市・天神(撮影・木村貴之)

  • 華やかな着物姿の立方(踊り手)の後方で、黒紋付き姿で唄や三味線などを黙々と披露する地方の芸妓たち

  • 福岡市・天神の街角に登場した芸妓たちの舞や演奏に、うっとりした表情で見入る市民や観光客ら

 芸者といえば東京の浅草、京都の祇園などを思い浮かべる人も多いだろう。しかし実は、福岡にも「博多芸妓(げいぎ)」と呼ばれる芸者たちの歴史があり、お座敷文化を継承している。美人の宝庫と言われる福岡で、あでやかに舞う彼女たちに迫った。
 ⇒後編「博多券番は芸どころの『宝石』」


 ■お座敷は“浮き世の義理”

 毎年200万人の人出でにぎわう福岡市中心部の一大イベント「博多どんたく港まつり」。大型連休まっただ中の5月3、4の両日、街角に設けられた演舞台で踊る「博多芸妓」たちは、ひときわ熱い視線を集めていた。

 「あなたみたいないい男/私みたいなお多福が/提燈(ちょうちん)釣り鐘釣り合わぬ/見捨てられても無理はない」―。

 三味線や鳴り物(鼓や鐘)を奏で、お座敷唄「ストトン節」を歌う黒紋付姿の芸妓たち。白っぽく華やかな着物姿の芸妓たちは袖や裾、指先が柔らかくしなる。ほほ笑みながらこちらをじっと見つめ、突然うつむいたかと思えば再び見つめ直す…。そんな仕草に、観客は見ほれていた。

 博多は芸妓たちが出入りする「花街」として栄えた歴史があり、所属事務所に当たる「券番」が今も残る。彼女たちは、その博多券番の芸妓たちだ。踊り手は「立方(たちかた)」、唄や囃子(はやし)を担当するのが「地方(じかた)」。現在、立方は12人、地方は7人で計19人。券番は芸妓たちが自ら運営し、代表を立方の「こまこ」姐(ねえ)さん、副代表を地方の「はと奴(やっこ)」姐さんが務める。「姐さん」は先輩格の芸妓に敬意を込めて呼ぶ敬称だ。

 芸妓に会えるのは、どんたくなどの年中行事もあるが、日常の舞台はもちろん「お座敷」だ。
 ※年中行事と、お座敷の宴席ができる料亭はこちら

 では、一体どんな人たちが、どんな目的で利用しているのか。超ベテラン組、地方の美恵子姐さん(85)と立方の藤子姐さん(72)に聞いた。

 「社交界の入り口なのよ。(お客は)私たちが身に付けた小唄や三味線とかの世界を陰で勉強してくれて。浮き世の義理ってもんよ。そこから輪が広がり、人脈も広がる。政財界でのね」(美恵子姐さん)

 「福岡の企業では昔から、総務や会計の課長になったら小唄を始めたもの。めっきり減ったのは寂しいけど。それでも美恵子姐さんのお弟子さんになって小唄を勉強している人、今でも50人位いるのよ。皆さん、領収証は使わず全部自腹で。自分への投資なのよね」(藤子姐さん)

 ■長崎下りの浪速芸妓が博多に

 券番は、芸妓の取り次ぎや花代を精算する。今ならタレント事務所のようなものだ。博多券番によると、1889(明治22)年、現在の博多区奈良屋に「相生(あいおい)券番」が設けられたのを皮切りに「中洲」「水茶屋」などの券番が生まれた。大正時代には五つの券番が存在したが、昭和に入って戦時下に完全消滅。戦後に中洲、水茶屋などが復活し、1985年、一つにまとまって「博多券番」となった。


「博多どんたく港まつり」で福岡市・天神の演舞台に登場し、市民や観光客の熱い視線を集める博多券番の芸妓たち
「博多どんたく」に向け、素顔と思い思いの着物姿で舞の稽古をする芸妓たち
舞の稽古をする若手芸妓を、厳しくも温かい表情で指導するベテラン芸妓たち(左から美恵子、はと奴、こまこ、藤子の各姐さん)









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