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天神大牟田線物語

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【天神大牟田線物語】(13)「M&A」で線路は南へ延伸

2017年07月06日 03時00分 更新

記者:西鉄広報課・吉富実氏


  • 大川鉄道は「ポッポ汽車」と呼ばれ、沿線の人に親しまれていた=撮影年不明

 福岡県の久留米まで急行電車を開業した九州鉄道は、石炭の街として発展していた大牟田への延伸を目指し、鉄軌道会社の合併を進めます。現在の言葉で言えばM&Aですね。

 最初に手掛けたのは「三井電車」と呼ばれた三井電気軌道。北野町(現久留米市)の町長を務めた鈴木利十氏を中心に、京阪電気鉄道の太田光煕(みつひろ)氏、関東、関西の財界人も出資して1912(明治45)年に設立された会社です。

 北野から北は甘木、西は鳥栖、南は久留米を経由して福島(八女)まで、筑後平野に広がる電気軌道網を計画しました。筑後川に九州鉄道とうり二つのトラス橋を架け、24(大正13)年に鳥栖方面を除く線路がつながった直後、九州鉄道に合併されます。










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