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これぞ博多流、山笠が社員育てる 山のぼせ「ふくや」物語(1)

2017年07月26日 03時00分 更新

記者:ノンフィクションライター三宅玲子


  • 学校には反発したが、山笠で育てられたという岡崎大地(撮影・比田勝大直)


 山笠は776年前から続く、国際貿易都市・博多の祭りだ。無病息災を祈って、七つの流(地区)が「山」を担いで走り、速さを競う。「流」は500〜1000人で、地域と密接に関わる。各流は厳しく統率され、結束は固い。博多の男たちは、山笠を通して一人前の男になるよう鍛えられてきた。岡崎もその一人だ。
 岡崎が所属する「西流」の相談役と呼ばれる幹部をはじめ、岡崎を知る多くの山笠関係者が、岡崎を気にかけて、川原に何かしら言いにきたという。
 岡崎は、九州産業大学4年時の就活では就職先を決め切れなかった。
 「サラリーマンは向いてないって思ったんですよね……」

 学生時代は飲食店でアルバイトをしながら山笠に打ち込んできた。赤手拭になったのは18歳。岡崎の所属する町内40人のうち、赤手拭11人の1人に選ばれた。その中でもダントツに若かった。卒業してからも山笠には出続けたいが、山笠への参加を認める会社があるとは思えなかった。しかも赤手拭は、現場で身体と頭を使う若手リーダーである。片手間ではつとまりそうにない……。
 大学4年のある日、町内の幹部のあるお祝いの会で、岡崎はスピーチを許された。
 「僕は山笠に出続けたいと思ってます。山笠に出ることを許してくれる心優しい社長さんがいたら、ぜひ挙手をお願いします」
 思い切ってこう切り出してみたところ、何人かの手が挙がった。その一人が、ふくやの川原正孝(当時の社長・現会長)だった。川原はその場で岡崎に面接を受けにくるよう伝えた。
 そして何段階かの面接試験を経て、岡崎は内定を得る。

 「山笠ってほんと、理不尽なんですよ」
 と岡崎は言う。たとえば、町内にいただいた祝儀や酒の内訳、神事の最後の会食「直会(なおらい)」でどの銘柄の酒を何本出したかなど、細かい記録を徹底して積み重ねていかなくてはならない。少しでも合わないとやり直し。同じことをやるにも、 さっきある先輩に言われたことが、別の先輩から「それは違うやろ」とひっくり返されることはざらだ。
 それでも「山笠は大事」と岡崎は言う。

■“ツッパリ”も泣いたひとりの卒業式

 岡崎は、2歳の時から22歳の今まで一度も欠かさず山笠に出てきた。通学した地元の福岡市立博多小学校と博多中学校では、生徒と教師の山笠参加が「公休」扱いとなる。
 博多中学では野球部に入ったが、部活以外の先輩たちとの遊びに引き寄せられ、酒、タバコはもちろん、盗んだバイクで登校するなど、警察沙汰もあった。その度に教師から叱られ続けたが、生活態度は直らなかったという。

 山笠の組織では、中学生になると大人として扱われる。「流」を構成する各町内の集まりでは、言葉遣いから立ち居振る舞いまで大人たちは容赦ない。若手は皿洗いなど下働きもしなくてはならない。だが、岡崎は山笠の先輩たちに「まるで金魚のフンのように」ついて回った。
 学校という同調圧力にはストレートに反発する岡崎なのに、山笠の厳しさはイヤではなかったという。どうしてなのか。
 「町内の先輩たちは厳しいけど、大人になったらこんな楽しいことがあるっちゃけん、っていろんな遊びも教えてくれる、お兄ちゃんみたいな存在です。先輩たちの櫛田入りする姿がめちゃカッコよくて、あんなふうになりたいって思ったんです」

追い山で櫛田神社の清道を駆け抜ける一番山笠・中洲流=7月15日午前5時頃(撮影・佐藤桂一)
「学歴ではない。地域への思いがもてるか」と語るふくや社長、川原武浩(撮影・比田勝大直)
三宅 玲子(みやけ れいこ)<br />
1967年熊本県生まれ。ノンフィクションライター。「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜14年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルプロジェクト「BillionBeats」運営。福岡・住吉の夜間保育園「どろんこ保育園」のノンフィクションを今秋上梓予定。<br />









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