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これぞ博多流、山笠が社員育てる 山のぼせ「ふくや」物語(3)

2017年07月28日 03時00分 更新

記者:ノンフィクションライター・三宅玲子


  • 山笠に人生を刻んできた先輩たちには貫禄がある(撮影・比田勝大直)

  • 直会の席。若手が礼儀作法を身に付ける場でもある(撮影・比田勝大直)

「理不尽さ」のみ込み、誰かのために

■「下支え」で組織を理解する

 7月15日土曜日の早朝5時半、博多の街が夜明けを迎えた。この日は博多祇園山笠のクライマックスとなる「追い山」。朝日を背に、白い水法被姿の集団が駆けてくる。中洲の東方にある櫛田神社を午前4時59分に出発した一番山笠の中洲流が、およそ5キロの道のりを走り通してきた。
 「オイサ、オイサ…」というかけ声とともに、中洲流の一団は、町内の無病息災を願う。最終ゴール地点・廻(まわ)り止めは、間もなくだ。
 1トン近い山を舁(か)きながら、子どもから老人まで千人近い集団が30分台で駆ける。 ほてった身体を冷やしてやろうと、沿道の家の主婦がホースで水をかける。 無事な完走をねぎらう人々の拍手は途切れない。通りには、厳かであたたかい空気が満ちている。
 ⇒山のぼせ「ふくや」物語(1)「あいつば頼むばい」と言われる男に
 ⇒山のぼせ「ふくや」物語(2)形のない「何か」を人生の真ん中に

 追い山が終わると、休憩もとらずにまた中洲流の一団は中洲へと戻っていく。博多手一本で区切りをつけると、締めくくりの直会(なおらい)だ。
 中洲2丁目の町内の直会は、バス通り沿いの「詰め所」で始まろうとしていた。
 法被姿の男性がおよそ200人、整然と詰めて座る。同じ法被姿の世話係がきびきびと飲み物を配る。そのひとり、今村信一(39)は、ふくやの食材営業部に勤務する。山笠では、今年からこの町内の衛生に昇格した。大学1年の時に志願して中洲流に入って20年だ。
 「僕にとって、山笠の起点は6年前です」
 今村が山笠を深く理解したのは、このときだという。

 18歳から若手の中でも責任を持って働く使役として山笠に関わってきて、23歳で赤手拭(あかてのごい)に。大学卒業後、山笠を続けるためにふくやにアルバイト入社。社員登用後は店長として店の運営と山笠を両立してきた。
 庶務を担当する先輩から、サポートを頼まれたのが6年前だった。庶務の仕事は会計管理から全体の運営進行まで、幅広く緻密。膨大な項目について、細かな数字を正確に記録する責任がある。その先輩はパソコンを使った事務作業について、今村に援軍を求めた。

 「その人のもとで1年間下支えとして働きました。僕が支えることでその人がほめられるのがとてもうれしかったです。その人と一心同体となって働いたことで、組織全体の動きがどんなふうになっているのかがわかりました。山笠という組織をさらに深く理解することにもつながりました」
 赤手拭として現場をとりまとめてきた今村が、流全体を俯瞰するチャンスに巡り合ったのは、山笠を長く続けてきたからこそである。
 先輩の姿に憧れる10代、憧れられる先輩となる20代を経て、30代の今村は、誰かの役に立つ喜びを知った。町内の無病息災を祈る山笠の核は、こうして時間をかけて、ひとりひとりの舁き手の人生に沁み入っていく。

中洲流の衛生を務める今村信一。「先輩の下支えとして働いたことが今につながっている」(撮影・比田勝大直)
地域を支え、支えられる男たちの背中はたくましい(撮影・比田勝大直)
三宅 玲子(みやけ れいこ)<br />
1967年熊本県生まれ。ノンフィクションライター。「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜14年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルプロジェクト「BillionBeats」運営。福岡・住吉の夜間保育園「どろんこ保育園」のノンフィクションを今秋上梓予定。<br />









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