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サイダー瓶 結ぶ縁 回収し再利用、弾む会話  福岡・飯塚市の食料品店

2017年09月24日 03時00分 更新

記者:田中早紀


  • 4月に販売を再開した三郡山サイダー。ラベルのイラストは田中仁さんが描いた

  • 瓶を返しに来た客と会話を弾ませる田中仁さん(左)

  • 飯塚市長尾にある食料品店「宮ノ上げんき」

 飲み終わったサイダーの瓶を買った店に返し、店主とおしゃべり−。昭和の街のあちこちで見られた風景が、福岡県飯塚市長尾の食料品店「宮ノ上げんき」にある。店主の田中仁さん(43)は回収した瓶を使って「三郡山サイダー」を販売している。使い捨てのペットボトルや缶に押され、少なくなった清涼飲料水の瓶の再利用。物を大切にする文化と、瓶を通してつながる縁が小さな店で育まれていた。

 時折、雨が激しく降った7日昼、筑紫野市の自営業佐野剛史さん(44)が来店した。「ごちそうさま」。この店で買った三郡山サイダーの空き瓶5本を田中さんに手渡すと、「嫌な天気やね」「早くやんでほしいですね」。なごやかに会話が始まった。

 毎週、仕事で飯塚市に来たついでに数本購入する佐野さんは「瓶を返して、また買う。こうして田中さんに会って話すのも楽しい」と笑顔だった。

 田中さんが、リサイクルした瓶でサイダーを売り始めたのは2010年。旅先のドイツで同じ物を繰り返して使う文化に触れ、「日本でも昔は当たり前の習慣だった。使い捨てと一緒に大切なことを置き忘れていないか」と考えたという。幼い頃、サイダー瓶を回収していた近所の駄菓子屋の光景がよみがえった。

 商品名には田畑に恵みを与える地元の象徴、三郡山の名を冠し、地ビールならぬ地サイダーを目指した。ラベルのイラストは自身がクレヨンで描いた。

 サイダーを自力で製造するのは難しいので「回収瓶を使うサイダー」を作ってくれる業者を探した。なかなか見つからなかったが、福岡市の能古島で朝倉市の業者名が書かれた瓶のケースを見つけた。

 すぐに作業所を訪ね、初代三郡山サイダーを作ってもらい、10年7月に販売開始。14年に作業所の機械故障で生産が途絶えたが、うきは市の石井飲料工業所の協力で、今年4月に2代目の発売にこぎつけた。

     §   §

 回収型のサイダー瓶は激減している。全国清涼飲料工業会(東京)によると、16年に生産された清涼飲料の容器の70%がペットボトルで、回収型瓶はわずか0・5%。

 ガラスびん3R促進協議会(東京)によると、回収型瓶が最も多く使われたのは1960年代後半から70年代前半にかけて。その後、ペットボトルの登場やコンビニの増加による流通構造の変化などで、回収型瓶は姿を消していった。

 サイダーの製造業者も少なくなった。26年創業の石井飲料工業所は、代表の石井清志さん(51)と両親で切り盛りしている。石井さんは「県内で100以上の同業者があったはずだが、把握している限り、今はうちのほかに2カ所しかない」と話す。

 田中さんは喫茶コーナーを設けた店内で、驚いたことがある。瓶入りの飲み物に慣れないせいか、栓抜きの使い方を知らない子どもがいたのだ。「案外、新しいタイプの飲み物と思われているかもしれません」

 かつては、サイダーの空き瓶を店に持っていくと、少しのお金がもらえたという。平成生まれの記者は体験したことがないが、田中さんの店を見ていると、そこから人と人とのつながりが生まれるように思えた。

 三郡山サイダーは340ミリリットル入り200円。宮ノ上げんき=0948(72)0604。










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