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鮮やか 水上機写真 昭和5年 名島飛行場で撮影 専門家「資料価値高い」

2017年09月25日 13時44分 更新

記者:山下宣之


  • 格納庫の前で、水上飛行機独特の「フロート」を洗う様子を子どもが眺めている

  • 主翼の上部から給油する作業員

 昭和初期に旧福岡県多々良村(現福岡市東区)にあった国内初の国際空港、名島水上飛行場で撮影された「中島フォッカー・スーパーユニバーサル旅客機」の写真が福岡市内で見つかった。名島水上飛行場を発着していたのは数年で、航空史に詳しい専門家は「至近距離から撮影された貴重な写真。機体が鮮明で、資料価値が高い」と話す。

 撮影したのは福岡市中央区天神の弁理士、坪内寛さん(47)の祖父木下吉佐さん(故人)。写真は坪内さんが整理していた遺品の中にネガとともにあり、1930(昭和5)年撮影と記録されていた。

 この水上飛行機は米国やカナダなどで製造され、日本では中島飛行機が約130機をライセンス生産していた。29年から日本航空輸送が東京、大阪、福岡を結ぶ定期航路に使っていた。

 木下さんの写真からは、水面滑走するための船のような「フロート」、プロペラ、9気筒エンジンなど、機体の特徴がよく伝わる。フロートを洗っている場面や主翼の上部で給油している様子もある。正装した乗客とみられる人々を見送る光景も収められている。

 日本航空協会航空遺産継承基金の柳沢光二専門委員は「機体の近くに市民が写り、かつての水上飛行場の日常風景がよく分かる。スーパーと呼ばれて親しまれた機体が、ドラマチックに撮影されている」と写真を高く評価している。

 名島水上飛行場は29年に開設され、東京、大阪間の国内線のほか、台湾や朝鮮半島への国際定期便が就航していた。31年9月に大西洋無着陸横断に単独で成功したパイロット、チャールズ・リンドバーグが訪れたことで知られる。定期便は33年まで就航していた。










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