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「ギロッポン」より「マツロッポン」 今、福岡で一番熱い街・六本松 閑古鳥からV字回復

2017年10月13日 03時00分 更新

記者:福間慎一


  • 商店と人でにぎわっていた六本松の新道商店街(1975年8月撮影)

  • 往時を振り返る「光和堂」の大島達男さん

  • 大島さんが持っている1965(昭和40)年の六本松周辺の地図。左下の広大な九州大の用地に比べ、そのほかの部分は住宅や店舗がぎっしり並んでいる


 六本松が学生街としての色合いを帯び始めたのは、1921年11月、後の九州大学の一部となる旧制福岡高等学校が設置されてからだ。63年には九州大学教養部が置かれ、学生たちが肩で風を切って歩くようになった。

 「『毎日が正月の太宰府天満宮ぐらい混んでいる』と言われていたもんです」。開業して53年になる「メガネの光和堂」の2代目、大島達男さん(55)は振り返る。当時の六本松は路面電車とバス通りが交差する交通結節点。65年の地図を見ると、一帯には個人商店がびっしりと連なり、ボタンだけを売る店や、小鳥店まである。

 そんな六本松に最初の試練が訪れたのは、2.5キロしか離れていない都心部・天神に次々と百貨店などが進出した70年代中盤以降。次第に客が離れ、物販店が少しずつ姿を消した。それでも街が活気を失わなかったのは、九大あってこその話だった。

 その九大が2009年、六本松から西区に移転。二度目の試練が襲った。学生、教職員計約6000人が消えてしまったのだから、商売には「ボディーブローのようにこたえた」(大島さん)。何とか持ちこたえていた飲食店もひとつ、ふたつと減っていき、窓から漏れる明かりも消えた。

 閑古鳥が鳴く街に希望を与えたのが、九大跡地の再開発構想だった。2014年、2万1000平方メートルの土地をJR九州が落札、商業施設や分譲マンションなどが入る二つの複合施設を建設する方針を明らかにしたのだ。

 朗報に、地元の商店主たちは「あともうちょっと、がんばろう」と励まし合ったという。それからわずか3年後、六本松は「V字回復」を果たした。


地価は急騰、転勤族も注目
 回復ぶりを如実に示すのが地価だ。福岡県が発表する基準地価(7月1日時点)で、六本松421に近い商業地(中央区六本松4-9-38)は、2011、12年に1平方メートルあたり41万4000円にまで落ち込んだが、17年は59万円にまで上昇。同様に、住宅地(六本松4-5-18)も10年には20万9000円だったのが、17年には1.5倍近い30万2000円になった。

 「注目も、実際のニーズも明らかに高まっている」。地元で25年前に開業した「さくら不動産」社長の田中雅将さん(64)はそう実感している。


地下鉄を上がると、かつての六本松からは想像も付かない風景が広がっている
「六本松421」(左側)が開業し、生まれ変わった六本松
3-6階にある福岡市科学館の入り口。長蛇の列が連日続いている
六本松にあった九州大教養部。手前は別府橋通り(1969年10月撮影)
取り壊される九大の校舎(2011年1月撮影)
魅力的な飲食店も多く残る六本松。来年以降、さらににぎわいが増すかもしれない
六本松421の東端にたたずむ「青陵乱舞の像」。学生街の記憶を今に伝える
六本松は、市民のオアシスである大濠公園に近く、天神などの都心へのアクセスも良い









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