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伊万里港50年、成長さらに 九州第4位の物流港に

2017年12月10日 03時00分 更新

記者:平原奈央子


  • 開港50周年を迎えた伊万里港

  • 開港時を振り返る富村繁雄さん

  • 伊万里コンテナターミナルのガントリークレーン

  • 韓国への輸出を伸ばしている伊万里木材市場

 佐賀県の伊万里港は6月に開港50周年を迎えた。深い入り江に静かな波をたたえる天然の良港で、江戸時代には陶磁器の積み出し港としてヨーロッパまで名をはせた。現在では九州第4位の物流港に発展した県の玄関口の、成長と展望を追った。

西九州道延伸 陸海一体輸送に期待

 伊万里市内で6月1日、外国船が自由に出入りできるようになった1967年の開港時に埋めたタイムカプセルの開封式があった。次々取り出される写真や新聞に歓声が上がるそばで、富村繁雄さん(89)は深い感慨にふけっていた。

 富村さんは開港時、市商工観光課長で港の基盤作りに奔走した。「開港交渉のため関係省庁や企業を“お百度参り”。企業誘致は雇用促進のためにも必須の課題でした」

 伊万里港は昭和初期から石炭の積み出し港として整備が進んだが、閉山が続いて港も衰退。県は旧産炭地復興計画で伊万里港に工業用地の造成を決め、54年に2町7村の合併で誕生した伊万里市は港の総合開発に将来をかけていた。

 希望に満ちた開港が光なら、影になったのが伊万里湾の漁業権消滅交渉だった。富村さんはかつて水産係長として湾内での養殖を促進しながら、漁業組合に解散を求める苦渋の場面に立った。「出刃包丁まで出てきて『生活を奪う気か』と言われたものです。最後に組合長が『港発展のために陸に上がる』と宣言し交渉が妥結しました」

 59年の伊勢湾台風で被害があった名古屋港の合板企業団体に「天然の良港」をアピールし、「ラクダ産業」を皮切りに誘致に成功。72年には七ツ島工業地区が整備され、名村造船所(本社・大阪)をはじめ企業の進出が続いた。

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 港は97年の国際コンテナターミナル開設で転機を迎える。ラワン材の取り扱いに陰りが見え始める一方、95年の阪神大震災で神戸港への一極集中が全国的に見直されようとしていた。「今やらないと乗り遅れる、そう話し合った答えがコンテナ物流港への転換でした」。物流業「奈雅井(ながい)」の草野浩輔専務(63)は20年前をそう振り返る。

 2013年には大型コンテナ船が寄港可能な水深13メートルの岸壁が完成、コンテナ用ガントリークレーンも導入し作業効率が向上した。

 昨年の国際コンテナ取扱量は過去最高の3万4318個(輸入2万6270個、輸出8048個)。九州では博多、北九州、志布志(鹿児島)に次ぐ規模で、伸び率は前年比112・5%と1位だった。輸入は福岡県大川市の家具業界と直結した家具・装飾品類が3割、輸出は東南アジアで段ボールの原料になる紙・パルプ類が6割を占める。

 航路は韓国の釜山航路をはじめ中国の大連、青島、上海などを結ぶ航路と、神戸港を経由する国際フィーダー航路を合わせ週7便まで拡充した。

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 港は地元経済の発展と両輪にある。同市の伊万里木材市場はここ数年、韓国へのヒノキ材輸出を伸ばしている。林雅文社長(61)は「港湾手数料や荷役料も使い手としては港選択の条件になってくる」と価格の見直しを提案。伊万里市の塚部芳和市長は港の一部として整備を検討する浦ノ崎地区の活用に意欲を見せ、クルーズ船誘致の夢も描く。

 博多港の背後港としての立ち位置を最大限活用しながら、「地理的条件ときめ細かなサービスでいかに強みを出していけるかが課題」と県港湾課。西九州自動車道の延伸も、陸海一体の輸送効率向上に期待がかかる。










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