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幻の「平成通り」を知っていますか 福岡の歴史を走る貫線、次の時代の行き先は

2017年12月31日 03時00分 更新

記者:福間慎一


  • 「天神ビジネスセンター(仮称)」の完成に向け工事が始まった現場

  • 「天神ビッグバン」で福岡の街と経済はどのように変わるだろうか


 「平成」の愛称は幻となったが、市道千代今宿線の歩みはまさしく、平成の福岡そのものだった。通り沿いの博多・天神地区におけるランドマークの変遷を振り返りたい。

平成7(1995)年=アクロス福岡←旧福岡県庁舎
平成11(1999)年=博多リバレイン←下川端地区の商店街など
平成15(2003)年=呉服町ビジネスセンター←旧エレデ博多寿屋
平成18(2006)年=複合商業ビル「ゲイツ」←旧福岡玉屋百貨店
平成20(2008)年=オフィスビル「アクア博多」←旧博多・城山ホテル
平成22(2010)年=福岡パルコ本館←旧岩田屋本館
平成26(2014)年=福岡パルコ新館←旧岩田屋新館

 自然環境への配慮、商店街の再開発、郊外型店舗への客の流出、オフィス需要の高まり、そして商業地区としての天神の魅力復活――。そうした動きで、明治通り沿いは変わり続けた。



 この間、景観意識の高まりから電線は地中に潜り、警察合理化の中で大名の交番は別の場所に統合された。中洲の通り沿いには今はやりの「ガールズバー」や「相席居酒屋」もある。

 そして通りでは毎年、博多どんたくのパレードが行われ、福岡国際マラソンではデッドヒートが繰り返される。プロ野球のダイエーホークスとソフトバンクホークスは何度も優勝パレードを行った。

 あと1年4カ月で幕を閉じることが決まった平成。その名前を映してきた明治通りは、次の時代も、福岡の変ぼうの象徴になる。天神地区の明治通り沿いで進行中の「天神ビッグバン」がその中心だ。

 皮切りに、20年には旧西日本ビルなど5棟があった場所が「天神ビジネスセンター(仮称)」として生まれ変わる。そして航空法で制限されていた建物の高さ制限は、最大115メートルに緩和され、期せずして高さの調和がとれていた街並みは過去のものになる。17年春に創業支援施設に生まれ変わった旧大名小の跡地では世界的な有名ホテルの進出が取りざたされている。

 渡辺通りと交わる天神交差点の天神ビル(1960年築)と福岡ビル(61年築)の場所に新たなビルが建ったとき、平成時代の風景を覚えている人はどれだけいるだろうか。


はるか先まで青信号がそろう爽快な眺め
幻の「平成通り」。天神地区では、高さがそろうビルが並ぶ
「明治通り」の名前が決まった1989(平成元)年8月9日の天神交差点。天神ビル(右上)は今も当時のままだ
二人三脚で店を切り盛りしてきた原田謙二さんとみどりさん
福間慎一(ふくま・しんいち)2001年入社、長崎総局、本社報道センターなどで記者。ヤフーに1年間出向後、17年9月からqBiz編集長。特技は居酒屋のメニューを指1本で回すこと。ちなみに明治通り沿いにあった国立福岡中央病院(当時)で生まれました。
東京建物が西新エルモールプラリバ跡に開発する施設の完成イメージ









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