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幻の「平成通り」を知っていますか 福岡の歴史を走る貫線、次の時代の行き先は

2017年12月31日 03時00分 更新

記者:福間慎一


  • 二人三脚で店を切り盛りしてきた原田謙二さんとみどりさん

  • 東京建物が西新エルモールプラリバ跡に開発する施設の完成イメージ


 天神から大濠公園を越えて西新へ。転勤族に人気のエリアでは2015年、岩田屋以来34年の歴史を刻んだ西新エルモールが閉館した。跡地について、東京建物は商業施設と高層マンションからなる新たな施設の計画を発表。次の時代が始まる19年度、商業施設の一部が先行開業する。

 明治通りを挟んでその跡地の向かいにある居酒屋「はんじょう(半升)」は1981年6月、西新岩田屋のオープン1週間前に開店した。大卒後、7年間の会社勤めから脱サラして店を始めた原田謙二さん(67)が、妻のみどりさん(63)と二人三脚で切り盛りしてきた。

 当時は店の裏に銀行の独身寮がたくさんあったという。原田さんは振り返る。各行の若手で店はにぎわい、夫婦はそれぞれのグループに小声で「ほかもみんな同業者だからね」と注意を促し、互いの内部情報がうっかり他行に漏れないように気を回していた。

 平成に入ってバブル経済が崩壊すると、「都銀は次々と独身寮を手放していった」。冬の時代が続き、しばらくするとマンションが建ち始めた。西新は相変わらず、転勤族が多かった。寮ではなく、借り上げ社宅としてマンションに入居するケースが多かったようだ。

 入れ替わり立ち替わりする客。みどりさんは「名前も顔も知ったお客さんだと、転勤した後も焼酎のキープボトルを流せなくて」と気配りを語る。かつての客が、出張などで福岡に来たときにふらりと来店することもしばしばあるからだ。

 新人時代に入り浸っていた会社員が、出世してお腹を揺らしながら訪ねてくることもある。「長くやっていると、そうやって助けられるんです。継続こそ力、ですかね」

 昭和から平成、そして三つ目の時代を迎えようとしている「はんじょう」。「もう、いつ閉まってもおかしくないですよ」と原田さんは笑うが、赤ちょうちんは今後もきっと、通りを小さく照らし続けるだろう。


はるか先まで青信号がそろう爽快な眺め
幻の「平成通り」。天神地区では、高さがそろうビルが並ぶ
「明治通り」の名前が決まった1989(平成元)年8月9日の天神交差点。天神ビル(右上)は今も当時のままだ
「天神ビジネスセンター(仮称)」の完成に向け工事が始まった現場
「天神ビッグバン」で福岡の街と経済はどのように変わるだろうか
福間慎一(ふくま・しんいち)2001年入社、長崎総局、本社報道センターなどで記者。ヤフーに1年間出向後、17年9月からqBiz編集長。特技は居酒屋のメニューを指1本で回すこと。ちなみに明治通り沿いにあった国立福岡中央病院(当時)で生まれました。









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