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2017九州豪雨

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豪雨半年、懸命に前へ 朝倉市や東峰村で犠牲者を追悼

2018年01月06日 03時00分 更新

記者:末広浩、古川努


  • 4人の犠牲者が出た道目木地区の公民館には献花台が設けられ、手を合わせる人たちがいた=5日午前11時、福岡県朝倉市杷木志波(撮影・佐藤桂一)

  • 妻を待つ会社事務所の一角。製作した椅子のゆがみをチェックする田中耕起さん=5日午後3時半ごろ、福岡県朝倉市杷木星丸

 福岡、大分両県で関連死を含め42人の死者、行方不明者を出した九州豪雨から半年を迎えた5日、福岡県朝倉市や東峰村などで遺族や住民が犠牲者を慰霊し、静かに目を閉じた。被災地では今年、河川などの復旧復興が本格化する。被災者らは暮らしや古里再生の誓いを胸に、次の一歩を踏み出す。

 朝倉市は午前10時、防災行政無線で市民に黙とうを呼び掛けた。同市杷木志波の道目木(どうめき)公民館では、ビールケースで作った献花台に住民が花を手向け、手を合わせた。3人が犠牲になった東峰村でも正午から村役場で黙とうがあり、住民や村職員がサイレンに合わせて目を閉じた。

 朝倉市杷木白木の小嶋重美さん(69)はこの日、がれきだけが残る自宅跡を訪れた。

 自宅に濁流が押し寄せ、1階にいた妻の初子さん=当時(69)=を失って半年。小嶋さんは「寂しい。そばにいるべき人がいないから」と目を潤ませた。これまで炊事をしたことはなかったが、今はご飯をたき、仏壇に供える。

 手を合わせる小嶋さんの傍らには、初子さんが世話していた愛犬ゴンタ。小嶋さんとともに一命を取り留め、今は福岡県うきは市のみなし仮設住宅でともに暮らす。亡き妻の分身のような愛犬も一緒の生活再建に向け、小嶋さんは「今年は(将来の)家をどうにかせんと。慌てずに考えたい」としんみり語った。

   ◇   ◇

かあちゃん帰っておいで 朝倉市の田中耕起さん 不明の妻待ち1人の正月

 九州豪雨の発生から5日で半年。妻の行方はいまだに分からない。福岡県朝倉市杷木松末(ますえ)の建設業、田中耕起さん(54)は結婚して32年で初めて、正月に妻加奈恵さん(63)のおせちや雑煮を食べられなかった。思い出すのは妻の顔。寂しくて、気を紛らわせようと、酒量が増えた。「どんな形でもいいから、かあちゃんに会いたい」。待ち続ける身に区切りは来ない。

 「黒豆を煮て、タイを煮付けて。かあちゃんの料理は最高よ」。今年は南天の赤い実を飾ったおせちも具だくさんの雑煮もなく、会社事務所で1人、酒をあおった。5日、耕起さんに心境を聞くと「半年たった。それだけよ」。

 昨年7月5日、自宅にいた加奈恵さんが行方不明になった。「道が川になった」などと、助けを求める妻からの電話を何度も受けたが、豪雨で仕事場から自宅にたどり着けなかった。翌日から、流された自宅の下流を歩いて捜し回り、周囲を掘り起こしてと捜索隊に頭を下げ続けた。「帰ってくるかもしれん」。仮設住宅には身を寄せず、会社事務所で寝泊まりし続ける。

 加奈恵さんは看護師だった。耕起さんが福岡県久留米市の病院に入院した際に出会い、結婚した。明るくさっぱりした性格で、話し好き。夫婦げんかをしても、翌日には仲直りできた。旅行にも連れて行けなかったが、文句も言わなかった。そんな妻の声が、1人で酒を飲んでいると聞こえる気がする。「あんた、飲み過ぎやろうが」

 豪雨以来、毎月5日の前になると体調が崩れる。風邪、疲れ、ストレス、飲み過ぎ。それでも、必死に前を向こうとしている。本業の再開は未定だが、木工の技術を生かして木製の椅子やテーブルを注文生産する工房を始めるつもりだ。

 新たに刷った名刺には「かなみ工房」。親戚の幼子が妻を「かなえちゃん」と言えずに「かなみちゃん」と呼んでいたことから名付けた。今は、工房を軌道に乗せるのが目標だ。

 「生きている可能性はゼロに近いのは分かっとる」。3人の子どもたちとは「かあちゃんが好きだったラベンダーのお香でもたいてみようか」と話したこともある。それでも、あきらめたくはない。

 妻を思い続けるから、声が聞こえる気がする。「はよ働かんかい」。「きょうは勘弁して。明日から動くさ」。心の二人三脚は続いている。










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