ようこそ ゲスト様

qBiz 西日本新聞経済電子版

天神大牟田線物語

一覧ページへ

【天神大牟田線物語】(33)街を変える立体交差化

2018年02月08日 03時00分 更新

記者:西鉄広報課・吉富実氏


  • 薬院駅と平尾駅の間は大型作業台車「ゴライアス」を使って高架工事を進めた=1990年ごろ

 大牟田線沿線が都市化するにつれ、踏切での交通渋滞の慢性化、線路による市街地分断が大きな問題となりました。これを解消するため、1960年代に道路と鉄道を連続立体交差化する制度が整備されました。工事は都市計画事業として自治体が実施し、鉄道事業者は高架下の有効活用策などを担い、工事費の一部を支出しました。

 この制度を使い、大牟田線で最初に連続立体交差になったのは、78年の福岡市による平尾−大橋(3・24キロ)で、線路の東側に高架新線が建設されました。

 大橋周辺の1・8キロは塩原土地区画整理事業と一体で整備されたので、西鉄は大橋駅を新しい街の中核にするため、4カ所目となる西鉄名店街と西鉄ストアを開業させます。急行停車駅となり、周辺のバス路線が駅前広場に乗り入れるようになった大橋駅は、やがて福岡市南部の副都心と称される発展を遂げました。










オン&オフ 九州見聞録の最新記事



そもそもqbizとは?

Recommend

ランキング

Recommend

特集 最新記事

コラム 最新記事