ようこそ ゲスト様

qBiz 西日本新聞経済電子版

目指すは「地元の総合エンタメ企業」 2020年に開局50周年 FM福岡トップに聞く

2018年03月10日 10時34分 更新

記者:木村貴之


  • 「福岡の総合エンターテインメント企業を目指す」と語るエフエム福岡の佐々木克社長

  • 1970年の開局当時にさかのぼり、ラジオ業界や「エフエム福岡」の歴史、福岡独特の文化などについて語る佐々木克社長(左)と小田浩稔常務

 2020年に開局50周年を迎える「エフエム福岡」(略称・FM福岡、福岡市)。九州初の民放FMとして1970年に誕生した同社は、どんな歴史を歩み、時代の変化にどう向き合っていくのか。佐々木克社長と、放送本部長兼編成制作事業部長の小田浩稔常務に聞いた。
 ⇒FM歴代アナ、ラジオ復権へ魅力発信

 Q 民放FMの開局としては全国4番目。当時を振り返ると―。

 小田 FMの武器はステレオ放送。音楽ファンにとって待望だった。レコードが高価な時代。高音質の音楽をタダで聴ける音楽番組は大人気を集めた。放送時間を調べてラジカセの前で待ち、テープに録音する人が多かった。インターネットで手軽にダウンロードし、そのうち聴かなくなるような今とは違う。FMで音楽と出合い、勉強し、宝物になった。

 佐々木 開局時の社名は「福岡エフエム音楽放送」で、74年から現社名になった。開局の年、ライブ喫茶「照和」がオープン。ここを中心に多くの地元ミュージシャンたちが活躍し、福岡は「日本のリバプール」と呼ばれるように。こうした動きもFM人気を力強く後押しした。

 Q 開局前に受信機が普及し、深夜放送がブームに。ラジオは既に「パーソナルメディア」として定着していた。

 小田 昔、電話は一家に1台。夜、友達と簡単に通話できず、ラジオのDJが悩み相談の相手だった。リスナーはリクエストはがきを書いてDJに悩みを打ち明け、DJはリクエストに応えて語り掛ける―。ラジオはコミュニケーションツールとして機能していた。

 Q 90年代からインターネットが普及し、ゲームの携帯端末も流行。若者を中心にラジオ離れが進んだ。

 小田 10代から携帯電話を持ち、これがスマートフォンに進化。通話だけでなく、メールや会員制交流サイト(SNS)でいつでも友達と交流し、知らない人ともやり取りできる。ラジオはきつい時代。コミュニケーションツールとしてどう復権させるかが課題だ。
 
 Q 2010年はラジオの転換点に。番組をネットで配信する「radiko(ラジコ)」が始まった。

 小田 FMは大丈夫だが、AMはビル内で聴取しにくくなる電波障害の課題を抱えていた。これがラジコで解消。ネット環境があれば、どこでも聴取でき、1週間以内なら聞き逃した番組を聴くことも可能に。若者を含め、リスナーを増やす態勢は整いつつある。

 佐々木 デジタル時代をにらみ、さらに高音質な「ハイレゾリューションオーディオ」(ハイレゾ)に対応できる機材を導入した。ハイレゾは、CDやDAT(デジタルオーディオテープ)を超える高音質の音源データ。レコードに迫る豊かな音質が楽しめ、ステレオが登場したときと同じ感激を味わえると思う。


エフエム福岡が制作するグルメ雑誌「ソワニエ」









特集 qインタビューの最新記事



そもそもqbizとは?

Recommend

ランキング

Recommend

特集 最新記事

コラム 最新記事