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趙さんの瀋陽来信(1) 変わり続ける街 桃の花が満開になるとき

2018年04月27日 09時45分 更新

記者:チョウ・イーリン氏


  • 手前のボロボロな家の後ろに際立つ高層マンション。瀋陽だけでなく、中国の発展につきものの”矛盾”だ

  • 瀋陽のマンション群。朝は人影が少ないが、夜にはダンスを楽しむ人びとの声が聞こえてくる

 新たな街区の整備と都心部の再開発、地下鉄の建設。そしてトラムが走る整然とした街並みの「渾南(こんなん)新区」。どれもいわゆる「現代化建設」によるものだ。

 1979年、私は瀋陽に生まれた。子どもの時に住んでいた家も、よく遊んだ公園も、とうの昔に取り壊され、記憶とともに消えてしまった。一方で、高層ビルや最新の設備を持つ建物が増えている。

 「異郷」になりつつある故郷。日本に暮らす私は、瀋陽との絆を保つことができるのか。心が痛むのは、そんな気持ちを払拭できないからなのかもしれない。

 でも本当は、心配はいらない。瀋陽は「東北人」(中国での東北地域出身の人に対する呼び方)の大らかな性格に包まれ、楽しく生活している人々がいる街。そして今も変わらずここには「人情」があふれているからだ。

 ある天気の良い日のマンション群の広場。孫の面倒を見るおばあちゃんたちが賑やかにおしゃべりをして、笑い声がひっきりなしに聞こえてくる。それが夜になると、「健康で、若くありたいわ!」という熱いキモチでダンスをするおばあちゃんたちの“天地(世界)”へと変わる。

 「唉呀!你跳的越來越好了!」(あら!あなたのダンス、上達したじゃない!)――。

 私は自宅近くの公立小学校と中学校に通ったが、高校受験で遼寧省の「重点進学校」へ進学した。自転車で通学していた毎日が懐かしい。思い描いていた青春の夢は、瀋陽から「広大な世界」へ飛ぶために志すことだった。

 1998年、瀋陽から離れた大学へ進学。そして2002年。
 「去日本!」(日本へ行ってきます!)。大学卒業と同時に来日し、日本での生活をスタートさせた。


趙 ●琳(チョウ・イーリン)氏<br />
1979年中国・瀋陽生まれ。大学卒業後の2002年に来日し、2008年に東工大院社会理工学研究科を修了。博士(学術)。現在は、富士通総研経済研究所の上級研究員。好きな言葉は、老子の言葉「千里之行、始于足下」(千里の道も一歩から)。趣味は、休日に家族と気軽におしゃべりをしながらの山登り。<br />
※●は「偉」のにんべんが「王」へん
瀋陽の中心部、故宮にも近い繁華街。若者の姿も多く、いつも賑やかだ
瀋陽の南部に位置する「渾南新区」。開発がどんどん進んでいる<br />









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