ようこそ ゲスト様

qBiz 西日本新聞経済電子版

宣教師が有田焼顔料提供? イタリア人研究者、新説発表 向付の「黄色」科学分析し判明

2018年08月12日 03時00分 更新

記者:平原奈央子


  • 17世紀の有田焼とみられる向付の黄色顔料に注目したモンタナリさん

 イタリア人の美術研究者リカード・モンタナリさん(45)が、有田焼の色絵(上絵付)の草創期に「ヨーロッパから来た宣教師が顔料を提供した」との新説を欧米の研究誌に発表した。中国から技法と顔料が伝わったとする従来の定説に挑み、先月末から2日まで佐賀県有田町に滞在して地元の研究者や陶芸家と議論を深めた。

 モンタナリさんはローマ在住の古伊万里愛好家で、美術品の理化学分析の専門家。4年前に京都で17世紀の有田焼とみられる向付(むこうづけ)(懐石料理の取皿)に出合い、興味を引かれた。

 その表には中国の故事の寒山拾得(かんざんじっとく)をモチーフにした絵が描かれていた。皿の縁に明時代の特徴である釉薬(ゆうやく)の欠けがあるため、白磁の生地は中国で焼かれたと確認できた。一方で、裏側の銘は日本の年号を示す「寛永年製」と書かれており、有田で絵付けが施された可能性が出てきた。

 ここでひとつの疑問が生じた。「寛永」は江戸前期の1624年からの20年間。しかし有田で色絵が始まったのは次の元号の正保年間(1640年代半ば)とされてきた。柿右衛門窯に伝わる文書に「正保のころ長崎の中国人から色絵技術を教わった」旨の記録があるためだ。

 では一体誰が、寛永以前に有田へ色絵を伝えたのか。

 モンタナリさんはこの向付の理化学分析を試みた。中世ヨーロッパの絵画などに使われていた黄色顔料に注目し、エックス線とラマン分光法(レーザー光線の照射)で分析すると、レアメタル(希少金属)のアンチモンと鉛の化合物であることが分かった。アンチモンの黄色顔料はヨーロッパではイタリアが主産地で、「ナポリ・イエロー」と呼ばれる。向付の黄色はこれと化学組成が似通っていた。

 有田焼とイタリア。点と点を線でつなぐ存在に、宣教師の存在が浮かび上がってきた。

 ジョバンニ・ニコラオ。ナポリ出身の宣教師で画家でもあった。1583年にイエズス会から日本に派遣され、長崎や島原、天草の司祭養成所(セミナリオ)で西洋美術を教えていた。モンタナリさんは「ナポリ・イエローが肥前の窯業地に伝わったのは不思議ではない」と見る。さらにオランダ東インド会社の交易目録にも黄色顔料(アンチモニ)が確認できたという。

 モンタナリさんは今年2月に欧米の研究誌「ジャーナル・オブ・カルチャラル・ヘリテッジ」にこの新説を発表。今回の来日では同町の九州陶磁文化館や柿右衛門窯などを訪ね、町文化財課の村上伸之課長(58)は「今後の多角的な検証を待ちたい」と話した。










九州経済 ニュースの最新記事



そもそもqbizとは?

Recommend

ランキング

Recommend

特集 最新記事

コラム 最新記事