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「親不孝」のママ、ぬくもり半世紀 スナック経営 81歳中島さん

2018年10月18日 15時00分 更新

記者:藤田沙智


  • 常連客と手話を交えてやりとりをする中島美紀代さん

  • 店をオープンした当時の中島さん

  • 店内で客からオープン50年を祝われる中島さん(右)

 福岡市・天神3丁目の通称「親不孝通り」沿いのビル8階に障害者と健常者が垣根なく酒を酌み交わすアットホームな飲食店がある。営業50年を迎え、21日に有志主催の祝賀パーティーが市内である。店を切り盛りするママの中島美紀代さん(81)は節目を喜び、「カウンターに立てなくなっても、車いすでおもてなしを続けたい」と一日でも長い営業を目指している。

手話で助言、優しさの輪広げ

 おでこの辺りで「Z」を描く手話のジェスチャーは、ママのトレードマークのおかっぱ頭を表す。店名「モンブラン倶楽部」の意味でもある。

 ママは昼間は手話講師。その強みを生かして、健常者も障害者も分け隔てなく語り合える場をつくってきた。福岡県古賀市の会社員の女性(57)は30年来の常連客。生まれつき耳が聞こえない彼女は素早く手を動かす「早口」で、愚痴をこぼした。

 「職場で(何かを知らせる時に)机をトントンとされる。周囲の目が集まっても、自分だけ気付かない」

 カウンター越しに、ママも手話でなだめる。

 「少し手間がかかっても、メモに書いて教えてくれたらいいのにね。世の中、余裕がなくなって周りのことが見えなくなってるわ」。少し離れた席で焼酎グラスを傾ける男性会社員も、静かにうなずく。

 ママは女性の出産にも立ち会った。静かな分娩(ぶんべん)室で産声が響いた時、涙がこぼれた。生まれたその息子も今では27歳。健常者で幼少期は、母親に話したいことが通じず、すねたこともあった。ママは女性から母としての悩みを相談として受けると、毎日抱き締めることを提案した。言葉はなくても愛情が伝わり、次第に円満になっていった。

 「この店とママがいるから、つらい時も乗り越えることができた」。女性はそう振り返る。

 「お帰りなさい」「もうご飯は食べた?」。内装は昭和が漂うスナックだが、雰囲気は大衆食堂に近い。単身赴任の転勤族が家庭的な雰囲気を味わえる憩いの場でもある。自分の畑で収穫した野菜をみそ汁や煮物にして、温かいご飯と共に提供する。

 1969年、前職の上司に休業中のスナックを継ぐことを勧められたのをきっかけに店を始めた。周囲は民家しかなく、夜になると真っ暗だった。

 後に通りは予備校生であふれ、「親不孝通り」と呼ばれるようになる。1980年代後半のバブル期になると、ディスコやバーができ、夜は若者が押し寄せた。けんかが絶えず「危険」なイメージも広がった。今はかつてのにぎわいはないが、行儀が良くなった街もまた良いと思う。

 たくさん恋はした。結婚は選ばなかった。

 「血はつながってなくても、多くの人にママって呼ばれて生きてこられて幸せ。皆との出会いが財産」

 かつての常連の子どもたちが大人になり、親子2代常連客として来るようになった。ママのおもてなし精神を見習って、児童の登下校の見守りや災害支援ボランティアを始めた常連客もいる。半世紀かけ、小さな店からささやかな優しさの輪が広がっている。

 ママは客が帰ると、その日を振り返る。また会いたいので直筆はがきを送る。結びは決まっている。

 「一日一生、一日一笑」










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