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「取材中に刺さった」一言

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「時代時代で挑戦していくのが老舗」南阿蘇村の地獄温泉「青風荘」の河津誠社長

2018年12月28日 03時00分 更新

記者:森井徹


  • 土砂に埋まった旅館の写真を見せながら、被災当時を語る地獄温泉「青風荘」の河津誠社長

  • 森井 徹(もりい・てつ)
    三重県伊勢市出身。2006年入社。長崎総局、社会部を経て、熊本地震の取材のため臨時で開設した南阿蘇支局(熊本県南阿蘇村)へ。大自然の中で家族と2年間を過ごす。18年8月から東京支社。草のにおいとみずみずしい野菜が恋しい…。

 恒例の「今年の漢字」、2018年は「災」だった。

 あれ、近年もこの字じゃなかったっけ? と思って調べたが勘違いだった。それほど印象に残る大災害が日本国内で毎年のように続いている。今年は西日本豪雨、そして北海道と大阪の地震。そのたびに、暗い気持ちになった。

 暗い気持ちになるのは、もちろん被災した方々や地域の大変さを思ってのこと。だが今夏までの2年間を南阿蘇支局(熊本県南阿蘇村)で過ごし、熊本地震の被災地を連日取材してきた私にはちょっと違う思いもこみ上げる。

 新たな災害によって、復旧途上の地域が忘れ去られてしまうんじゃないか、という不安だ。

 先月、熊本地震のつめあとを巡るツアーの取材で南阿蘇村を訪ねた。行程の一つに地獄温泉「青風荘」があった。阿蘇山腹で200年続く老舗の温泉旅館。その敷地には壊れたままの建物と残された露天風呂しかない。

 「地震から2年半たって、まだ旅館ができていないのって思うでしょ?」

 河津誠社長(56)は、首都圏からやってきたツアー参加者に語りかけた。旅館に通じる道がまだ復旧していないため、解体や再建の工事が大幅に遅れているのだ。

 参加者に話を聞くと、熊本地震は完全に「過去の災害」だった。「まだこんなにひどいとは驚きだった」「ニュースで見なくなったからもう復興したと思っていた」。青風荘はようやく再建への道筋が見えてきたところなのだが…。

 今夏まで屋号は「清風荘」だった。さんずいを取って「青風荘」にしたのは、災害がきっかけだ。旅館は2016年4月の熊本地震にはどうにか耐えた。しかし2カ月後の大雨による土石流で建物のほとんどが土砂に埋まる壊滅的な被害を受けた。

 「心が完全に折れそうになったけど、考え直したんです。地震でゼロになったんだから、どれだけ掛け算をしてもゼロだって」

 長く親しまれてきた屋号を変える勇気は相当なものだっただろう。河津さんは「復興へ向ける強いエネルギーと挑戦の意味を込めた」と言う。

 再建を機に、昔ながらの湯治場としての役割は果たしつつ、外国人旅行者などを意識した新しいスタイルの温泉旅館を目指す。

 多くの宿泊客を受け入れてきた歴史を伝える建物は、明治中期に建てられた本館の一部分だけになる。それでも、河津社長はこう言った。

 「これから200年かけて磨いていきます。新しくなる部分もいずれ伝統になっていく。時代時代で挑戦していくのが老舗だと思うんです

 青風荘の本格再開は2020年4月の予定。来る2019年はまだ、長い準備段階の途中だ。災害は、どこかでまた起きるだろう。それでも忘れずにいたい。「過去の災害」に立ち向かう人たちを。










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