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ユーテク岩田屋ソラリア玉屋ダイエー三越コア寿屋…平成の流通戦争史を「あの人」とたどります

2018年12月30日 03時00分 更新

記者:福間慎一


  • 幾たびも「流通戦争」が繰り広げられてきた福岡市・天神(2018年10月、本社ヘリから)
  • 関連資料(PDF)

 福岡市・天神の西日本新聞会館11階。私がこの原稿を書いている編集局は、ここにある。

 その空間には、デスクたちが打ち合わせる声や、大きなコピー機から紙面のゲラ刷りがはき出される音が響いている。そして空腹をこらえきれなかったのだろうか、記者がお湯を入れたカップ麺の香りが、一瞬で主役に躍り出る。

 そのわずか10メートルほど下では「別世界」が広がっている。

 漆黒のスーツ、つやがまぶしいカバン、鮮やかなマフラー。そして「いらっしゃいませ」と声をかけてくれる、これまた折り目正しいスーツ姿の男女。軽やかな音楽が、磨き上げられた床の上を流れていく。福岡・天神を代表する商業施設の一つ、大丸福岡天神店だ。

 ちなみに編集局の窓からは福岡三越が見える。暖色系の照明の中、家族連れが楽しげにエスカレーターを上っている。非常階段がある北側の窓からは、金色に輝くイムズが見える。今の天神の街並みは、多くが平成年代に作り上げられた。

 30年前の1989年、平成の始まりは「第2次天神流通戦争」と言われる、商業施設同士の激しい競争の新たな幕開けでもあった。

 この年、「ユーテクプラザ天神」が3月11日にオープン、その13日後にソラリアプラザがオープン、そしてその19日後にイムズが開業した。ユーテク?なにそれ?という人もいるかもしれない。今の天神ロフトである。

 バブル崩壊後も天神への商業集積は続いた。1996年9月には岩田屋Z-SIDE(現在の岩田屋本館)が開館。翌年3月にはエルガーラ、そして10月には福岡三越が続く。「第3次流通戦争」で、天神の売場総面積は不況下にもかかわらず従来の2.7倍に膨張した。

 ちなみにキャナルシティ博多も96年オープン。そして3年後の99年にはソラリアステージや博多リバレインが“だめ押し”のように開業。商業集積がピークを迎えた天神界隈だが、消耗戦の影で低迷がすぐそこまで忍び寄っていた。

★ ★ ★ ★

 2018年8月の終わり、天神の親不孝通りにある天神劇場は超満員だった。舞台では、先述の大丸や岩田屋、ソラリアプラザが“躍動”していた。上演されていたのは、福岡の建物や乗り物たちの物語をかぶりものを通して描く劇団「ギンギラ太陽’s」の最新作だった。

 大規模再開発「天神ビッグバン」に伴い、解体される運命にうちひしがれる天神コア。その傍らで西日本鉄道の前身の一つである九州電灯鉄道の本社ビルがコアをなぐさめ、励ましていた。



「リアル大丸」を背に、大丸のかぶりものを手にするギンギラ太陽’sの大塚ムネトさん。天神の流通を徹底的に取材し、多くの作品を生み出してきた
福間慎一(ふくま・しんいち)<br />
福岡市生まれ、2001年入社。文化部、長崎総局、本社報道センターなどで記者。1年間のヤフー出向を経て17年9月からqBiz編集長。特技は居酒屋のメニューを指1本でくるくる回すこと。









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