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消えた「ファンタジ―」と残った心意気 ダイエーが押した福岡とギンギラの背中 福岡流通戦争モノ語り(2)

2019年01月15日 03時00分 更新

記者:福間慎一


  • 幻となった「モノレール計画」

  • ダイエーが温泉を掘り当てたことを報じる紙面

  • ダイエー初の赤字は衝撃的なニュースとして報じられた

      
夢と消え、空に消え…
      

 そのダイエーが掲げたのが「ツインドーム計画」だった。一つはもちろん球場があるスポーツドーム。そして「レジャー」「カルチャー」「ショッピング施設」などで構成される「ファンタジードーム」を併設するという構想だ。

 ダイエーはドーム建設に先駆けて、地下鉄唐人町駅とツインドームを結ぶモノレール構想を打ち上げていた。<平成4(1992)年前後をめどに建設完了の方向で検討>と報じられたが、福岡市が「ルートが適当でない」などとして差し戻し、その後紙面からもフェードアウトしていった。

 そしてスポーツドームの完成を伝えた華やかな本紙記事にも、1点の曇りがあった。ファンタジードームについては<目玉と期待されるファンタジードームは景気の後退などからまだ内容が固まっておらず(中略)その実現が最大の焦点となる>と、不安視する一文が末尾につけられていた。

 結局この懸念は的中し、ファンタジードーム構想は曲折を経て1998年に正式に断念。その後ホークスタウンとして生まれ変わることになる。

 ファンタジードームの影で、実は現地に温泉施設を作る計画も浮上。試掘し、お湯の湧出まで確認されたが、これも採算面などから「休止」に。温泉施設だけはダイエーの福岡事業売却後に開業したが、売り上げが伸びず5年で休業。こうしてモノレール、ファンタジードーム、温泉の「幻の3点セット」とでもいうべき夢は消えていった。

 (大塚)ギンギラの舞台ではこんなセリフがありました。「ファンタジードームが、本当の『ファンタジー』(幻想)と消える」。唐人町からドームにモノレールを走らそうとしたら、これは空中に消えました。最終的には、温泉も湯煙に消えてしまいました。

 球団を手にし、ドームとホテルを建設し、天神の店舗面積の1割を占めようとするほどの拡大を見せていたダイエーが走った90年代は、まさにバブル崩壊の局面だった。1998年、ダイエーが初の経営赤字に。弱かったホークスが常勝軍団への道を歩むのと裏腹に、常勝軍団だったダイエー本体は坂道を転がり落ちていった。

 (大塚)でも、ファンタジードームができなかったことよりも、バブル崩壊の苦境の中で、限りなく元の構想に形に近い物をつくったことは、すごいと思う。温泉も仕方ないですよね。ただ、一つだけ残念なのはモノレール。これがもしできていたら…。その後、今に至るまで続く渋滞問題は違っていたかもしれませんね。


1992年9月、建設中の福岡ドームを背に歩く、当時球団オーナーの中内氏
今や福岡を代表する風景の一つとなったドームとホテル。かぶりモノは22年前に製作された最古参たちで、公演では修理しながら使用している<br />
ショッパーズプラザと専門店街。かぶりモノは、二つをつなぐ渡り廊下の部分にちょうど顔が出るようになっている
1990年、中内氏の球団への期待をうかがわせた「130勝だ」のテレホンカード
ギンギラ太陽'sが2013年にキャナルシティ劇場で上演した「スーパーマーケット三国志 決定版」のチラシ。「ユニード」「寿屋」「ダイエー」が、定価を守るメーカー王に対して、価格破壊の流通革命を挑んだモノ語り
かつてファンタジードームが計画された場所に昨秋開業したマークイズ福岡ももち。湾曲した外観が、後方のドームとどこかマッチしている









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