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本館新館Zサイド…天神の「盟主」岩田屋、波乱の歩みと“勝利の方程式” 福岡流通戦争モノ語り(3)

2019年01月25日 03時00分 更新

記者:福間慎一


  • 岩田屋と福岡駅(1936年)。後方には時計台が目印の九州電灯鉄道(後に合併して西鉄)の本社ビルがある

  • 岩田屋開店の1936年10月7日の九州日報朝刊。流通戦争の「エピソード0」を伝えている

  • ギンギラの代表作「天神開拓史」より。左の「岩田屋呉服店夫婦」が博多から天神への進出を決意するシーン。右は玉屋と川端商店街

      
流通戦争の「エピソード0」
      

 (大塚)僕が岩田屋と西鉄の“破談”になぜそれほど驚いたかというと、両社はずっと、手を携えて天神の発展に尽くしてきたからです。

 (大塚)1936年、天神に進出した岩田屋は、九州鉄道(今の西鉄)から土地を買ってターミナルデパートとして開業。ちなみにこの時も、駅の場所は南に少し移動しています。駅が南下するのは2回目だったんですね。九州鉄道は、土地を売ったお金で大牟田まで延伸し、天神大牟田線が完成しました。

 天神を舞台にした「流通戦争」は、大丸の天神進出や天神コア、ビブレなどの開業が相次いだ70年代中盤が「第1次」と位置付けられる。しかしさらに戦前にさかのぼる36年10月7日、岩田屋が開店した日の九州日報(のちに合併して西日本新聞)は、こんな見出しで報じた。

 <福博デパート戦線大異状/闌秋を彩る、大商戦/いよいよきょう火蓋を切る/岩田屋デパートきょうから開店>
※闌秋=秋たけなわ

 まさに流通戦争だ。新参者の岩田屋を迎え撃ったのは松屋と玉屋だった。三者三様の臨戦態勢ぶりがにじむ記事を一部引用する。

岩田屋は
<絶対的勝利を全従業員に宣言、開店宣伝の字句にも自信のほどをにおわせて>、

玉屋は
<従来の大売り出しに数層倍する犠牲的優良品提供を敢えてしている>、

松屋は
<賞金穴探し投票などまさに堅陣死守の背水陣をしくもののようである>。

そう、これは天神流通戦争の“エピソード0(ゼロ)”だった。

 (大塚)今でこそ、人気商業地の天神ですが、もともとは官庁や学校が多く「天神は仕事に行く場所」でした。当時の商業の中心は博多。「買い物に行く」と言えば、博多に行くことだったんです。博多の呉服店だった岩田屋が天神出店を決めると、「さびれた天神では岩田屋はつぶれる」と博多っ子たちは噂しました。岩田屋の社史には、「今はさびれているが、だからこそ将来の発展が見込まれる」と決意の出店だったことが書かれています。


今は岩田屋本館(左)になったZサイドと、新館(右)のかぶりモノを手にする大塚ムネトさん。Zサイドは後方がロールアップしたおしゃれな髪形のようなデザインで「優雅さ」を強調した
岩田屋Zサイド(左)と新店舗建設予定地(2002年2月)
かぶりモノもワイドな現在の西鉄福岡(天神)駅のターミナルビル。改札口が南に動いたことで、人の流れも変わった
岩田屋の本館と新館売却検討を伝える1999年6月22日付の本紙朝刊









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