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博多スターレーン閉鎖決定 二重の「聖地」喪失に惜しむ声

2019年01月30日 03時00分 更新

記者:石田 剛


  • 3月末で閉鎖が決まった博多スターレーン(撮影・石田剛)

  • ボウリング愛好家やプロボウラーから長年親しまれている博多スターレーン=1月23日、福岡市博多区

  • 創業者の中野徳次郎が最初に開いた「福岡スターレーン」の運営会社の表札を持つ花田清輝支店長

 今年3月末で閉鎖が決まった福岡市博多区の「博多スターレーン」。数々の熱戦が繰り広げられた西日本最大規模のボウリング場であり、併設のホールはプロレスファンに「西の聖地」として親しまれてきた。足繁く通うボウリング愛好家、プロレスファンの双方に閉鎖を惜しむ声が広がっている。

 「手足をもがれたくらいショックで…」。そう話すのは福岡市の鍼灸マッサージ師、岩下由美子さん(54)だ。視覚障害がある岩下さん。14年ほど前、博多スターレーンであった視覚障害者向けのボウリングイベントに参加したのを機に、週に3〜4回の頻度で通う。「スタッフも障害者への対応に慣れていてすごくプレーしやすい。今後、プレーする場所を探さないといけないが、いいところがあるかどうか」と気をもむ。

 博多スターレーンが開業したのは1972年11月。麻生太吉、伊藤伝右衛門と並ぶ筑豊の炭鉱王だった中野徳次郎が開いた。

 事業を引き継いでいるイースタンスポーツ(東京)によると、福岡市にあった中野の別邸が52年に火災で焼失し、焼け跡に当時米国ではやっていたボウリング場を建設。「福岡スターレーン」の名で親しまれ、もっと大きなボウリング場を、と造ったのが「博多スターレーン」だったという。ちなみに、福岡スターレーンの場所には、その後、日本たばこ産業(JT)福岡支店が建ち、現在は高級マンションになっている。

 84レーンを有し、開業時から西日本最大級の規模を誇った博多スターレーン。九州最大のプロ・アマオープントーナメント「キリンカップオープン」や視覚障害者向けの国際大会など、数多くの大会の舞台となってきた。「フロアがギャラリーでいっぱいになる大会も少なくなかった」とイースタンスポーツの花田清輝支店長(62)は話す。

 「趣味の多様化や娯楽へのお金のかけ方が変わってきた」(花田さん)影響もあり、ボウリング場に往時のにぎわいはなくなった。だが、今でもシニアを中心に常連客は多い。同市南区の倉光義治さん(73)は定年を機に若いころ楽しんだボウリングを再開、12年前に博多スターレーンで週に1回対戦するリーグまで立ち上げた。「レーンが良質なウッド(木材)で非常に投げやすい。こんなボウリング場は貴重で、地元の愛好家にとっては“聖地”みたいなもの。閉鎖は残念で仕方がない」

石田剛(いしだ・たけし)<br />
雑誌編集部に勤務後、2008年入社。地域報道センター、福岡西支局、佐賀総局を経て経済部。顔つきからか九州出身によく間違われるが、東京出身(八王子ですが)。









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