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苦労の果てに幸せつかんだ「マダム大丸」 “戦線”拡大で変わった天神 福岡流通戦争モノ語り(4)

2019年02月08日 03時00分 更新

記者:福間慎一


  • 「マダム大丸」(左)と娘ビルのエルガーラ

 (大塚)10年後の63年、博多駅が南に300メートルの今の場所に移転します。そして64年に大光百貨店(ユニードを作った渕上が母体)がターミナルデパートとなり、その後66年からは、井筒屋が入居しました。大丸から博多駅が離れた上に、別のデパートが誕生したのです。大丸の苦難は続きます。69年には帝国ホテルが撤退。路面電車も廃止が決まります。こうして大丸の盤石だったはずの幸せは崩れました。

 (大塚)大丸の歴史を知ると、「駅が動いて苦労した」のは岩田屋だけではなかったんだなあと感慨深くなります。ギンギラの舞台では、マダム大丸のこんなセリフがあります。「岩田屋さんは(改札口が)80メートル動いて大騒ぎしているけれど、私なんか駅が300メートルも動いたのよ!もう決死の覚悟で、天神に移転したんだから!」

 移転先は今でこそ福岡(天神)駅の正面で、「天神の中心」とでも言えそうなロケーションだが、当時はそうでもなかった。

 (大塚)「女ビルの幸せ」を求めて、天神の国体道路沿いに移転した大丸。しかし当時の国体道路は天神のはしっこで、岩田屋(現在のパルコ)が天神の中心。天神のはしっこで苦戦していた大丸には、その後完成する天神地下街もつながりませんでした。地下2階までを売り場にして地下街につなぐ準備をしていた大丸は愕然とします。

 (大塚)ギンギラの舞台では、つながらないことを知ったマダム大丸がショックで倒れますが、すぐに立ち上がり「こうなったら、あたしから掘って地下街につなぐわ!あたしだって天神の仲間なんだから!さあ掘るわよ〜」と決意表明をして、自分からトンネルを掘り始めます。こうして、大丸と西日本新聞会館が5億円ずつ負担をして連絡通路が完成。「天神の仲間」としての意地を見せたのでした。

 エルガーラ開業後の大丸の大きな苦難は、その天神地下街の延伸工事だった。それまで、大丸は地下街の南端から細い通路で店舗に客を誘導。「来店客の2割を占める大動脈」と言われていた。地下街延伸工事のため、2002年4月に閉鎖。05年2月までの2年間、仮設エスカレーターでしのぎつつ、従業員の賞与カットに踏み切るなど、我慢を強いられた。

 (大塚)それが今では、目の前が駅の中央口。苦労した連絡通路も、にぎやかな地下街に生まれ変わりました。もうはしっこなんて言わせません。娘ビルも誕生し、マダム大丸は、ついに「女ビルの幸せ」をつかんだんです。

大丸(右)とエルガーラ(左)のかぶり物を手にする大塚ムネトさん。ビル同様、「ELGALA」のロゴが建物の個性を際立たせている
1997年3月2日、エルガーラ開業を報じる本紙夕刊。パサージュ広場の目新しさに「百聞は一見にしかず」と見出しを付けている
キャナルシティ博多のかぶりモノ。月をあしらった特徴的な塔は「未来の都市空間」のイメージをかきたてる
キャナルシティ博多の開業を報じる1996年4月20日の本紙夕刊
時は戦線拡大した「天神ブック戦争」だが、その後収束していった









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