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苦労の果てに幸せつかんだ「マダム大丸」 “戦線”拡大で変わった天神 福岡流通戦争モノ語り(4)

2019年02月08日 03時00分 更新

記者:福間慎一


  • キャナルシティ博多のかぶりモノ。月をあしらった特徴的な塔は「未来の都市空間」のイメージをかきたてる

  • キャナルシティ博多の開業を報じる1996年4月20日の本紙夕刊

  • 時は戦線拡大した「天神ブック戦争」だが、その後収束していった

      
“運河”の奮闘とブック戦争
      

 三つの百貨店が覇を争った「第3次天神流通戦争」だが、岩田屋がZサイドを開館する半年前の1996年4月、そのすぐ東に、これまでと全く異なるスタイルの商業施設が現れた。キャナルシティ博多(福岡市博多区)だ。1996年4月20日、開業を伝える記事は<運河沿いに“夢空間”>という見出しで、<高級ホテル、映画・演劇施設、専門店街などが集積する新しい都市空間>と表現した。

 (大塚)それまでは天神で大丸、岩田屋、ショッパーズ…と、散策していた街をコンパクトに凝縮した姿がキャナルシティでした。客の滞在時間を長くして、売り上げに繋がるという考えに基づいたキャナルは物を売るだけではなく「ワクワク」の演出にこだわっていました。これは今、どの百貨店もやっている「コト消費」を先取りしたものです。ただ、ワクワクは飽きられたらおしまい。だから、キャナルは「コト」を維持する苦労を一番知っていると思います。

 キャナルシティが「ワクワクする空間」づくりに奮闘する中、天神では第3次流通戦争の傍ら、もう一つの戦いが過熱していた。「天神ブック戦争」だ。

 天神コアの6階で50万冊を構えた紀伊国屋書店を代表に、天神地区には書店が1991年時点で半径300メートルに13店が集中していた。そこに1996年9月、岩田屋Zサイドにリブロ(15万冊)が出店。翌年3月、大丸に紀伊国屋(10万冊)、福岡ビルに丸善(75万冊)、そして福岡三越には八重洲ブックセンター(30万冊)が、次々に進出したのだ。最上階の書店に誘客し、そこから下の階を巡ってもらう「シャワー効果」を期待したものだった。

 実は、さきほどのキャナルの開業の記事には、<強まる福岡一極集中>という見出しで、天神の動向に触れて<消費規模を上回る過剰施設の危険性をはらむなど、期待と不安の船出でもある>と懸念も示した。その懸念は、少しずつ現実のものになる。

 (大塚)天神のどのデパートにもあった書店は、その後、次々に姿を消していきました。フロアの単価が上がり、売り上げを厳しく求められるようになったからです。

 (大塚)このころから天神は少しずつ、家族連れが行きたくなる場所ではなく、「お金を使う人」の街になっていったような気がします。キャナルが街歩きの楽しさを凝縮させていった一方で、天神は「経費と工夫が必要な楽しさの演出」を維持する余裕がなくなっていったような…。

 (大塚)「楽しさ」ではなくお金を使いに来るだけの人は、街への思い入れが深まりません。そんな人たちはこの後、「アウトレット」や「ネット」に流れていきました。でも、百貨店の難しさもよく分かります。店舗が増える中で、売り上げ戦争をしなくてはいけなくなったわけですから。

      
天神の流通地図、ほぼ現在の形に
      

 天神中心部の百貨店売り場面積を一気に2.7倍に膨らませた第3次天神流通戦争は、キャナルシティ博多とともに、激しいせめぎ合いを展開する。そして1999年、ソラリアステージビルの開業で天神の流通地図はほぼ、現在の形になった。

 その傍らで、商人の街・博多で長年にわたりにぎわいを支えてきた老舗デパート「福岡玉屋」がその歴史に幕を閉じた。

 (大塚)福岡玉屋は、「博多のごりょんさんキャラ」としてギンギラに登場します。博多の発展と共に歩んできた玉屋のモノ語りは、浪花節的な部分もあり、「笑って泣けるギンギラ」が誕生するきっかけにもなりました。

 ギンギラ太陽’sの舞台では今も高い人気を誇る、玉屋のストーリーは次回に――。


大丸(右)とエルガーラ(左)のかぶり物を手にする大塚ムネトさん。ビル同様、「ELGALA」のロゴが建物の個性を際立たせている
1997年3月2日、エルガーラ開業を報じる本紙夕刊。パサージュ広場の目新しさに「百聞は一見にしかず」と見出しを付けている
「マダム大丸」(左)と娘ビルのエルガーラ









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