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世紀末…「ごりょんさん・玉屋」との別れ、そして西鉄ソラリア計画の完成 福岡流通戦争モノ語り(5)

2019年02月20日 03時00分 更新

記者:福間慎一


  • 1999年8月、ギンギラの西鉄ホール第1回公演のポスター。大丸と玉屋を描いた「女ビルの一生」など豪華3本立てだった

  • ギンギラの「ホームグラウンド」となった西鉄ホールのオープンを伝える99年4月24日の記事

  • 玉屋最終日を伝える99年7月16日付の本紙記事。別れを惜しむ客が帰らず、閉店を延長した様子が記されている

      
「正面玄関」から受け入れてくれた
      

 玉屋の苦境の傍ら、集客力を高め続けた福岡市・天神に1999年4月に開業したのは「ソラリアステージ」だった。西日本鉄道が西鉄福岡駅再開発の基本構想を86年に発表して以来、ソラリアプラザ、福岡三越が入るターミナルに続きソラリアステージの完成で13年がかりの大事業が完了。そしてそれは、福岡を拠点に、街の物語を「かぶりモノ」で描く劇団・ギンギラ太陽’sにとっても大きな節目になった。

 (大塚)ギンギラの背中を最初に押してくれたのは、福岡ドームのスポーツバーで上演させてくれたダイエーでした。以来、僕たちはどこにも許可をもらわずに建物をキャラにしてきましたが、どこにも怒られず、今では各社の行事にまで呼んでもらえるようになりました。その最初が、西鉄だったのです。

 道路を縦横無尽に走る「やんちゃな西鉄バス軍団」も描いていたギンギラ。1998年のある日、その西鉄本社からギンギラのもとに連絡があったという。

 (大塚)西鉄本社から呼び出しがあったのは、劇団として活動を始めて1年すぎた頃でした。「ギンギラもこれで終わりかなぁ。まあ無許可で勝手なことをやっていたんだから怒られても仕方がないよなぁ…」と、しょんぼりしながら福岡ビルのエレベーターを上って西鉄本社に行きました。

 (大塚)ところが、怒るどころか「面白い」と喜んでくれたんです!さらに嬉しかったのは「新しい駅ビルに劇場ができるので、そこでやってくれないか」と提案してもらえたことです。活動当初は、関係者にこっそり取材をして、いわば裏口から出入りするイメージでしたが、この西鉄に呼ばれたことがキッカケで、堂々と表玄関から入れるようになったんです。

 その「駅ビルの劇場」が、ソラリアステージの6階に4月にできた「西鉄ホール」だった。

 (大塚)ギンギラはそれまで、200人で満員になるライブ会場で総動員1000人という規模で公演していましたが、初めての西鉄ホールでは、2倍の「総動員2000人」に挑戦し、達成しました。その後、動員は増え、西鉄100周年の1カ月ロングラン公演では、1万人にも挑戦。この規模の公演を地方劇団がやるのは画期的なことでした。実現できたのは、西鉄と提携公演をやってきたおかげです。西鉄ホールをホームグラウンドとして活動を続けることで、「プレイガイドで、一般のお客様に切符が売れる劇団」に成長できたことも、とても嬉しかったです。

 地元劇団のこけら落としとして1999年8月27日から29日まで上演したのが、「夏休みギンギラ祭り 豪華3本立て」だった。ごりょんさんの玉屋とマダム大丸の生きざまを描いた「女ビルの一生」と、戦災からの復興を描いた「天神開拓史」、そして流通戦争をまとめた「天神の光はすべて星」の3本立て。ギンギラが設営したホールの舞台に、来場客は驚いた。

 (大塚)舞台で「中洲の玉屋さん」の告別式をやったんです。舞台一面に菊の花を飾り、中央には「大きな玉屋姉さん」の写真を飾って。舞台上の席には岩田屋、川端商店街などの参列者。会場にも「在りし日の玉屋の写真パネル」を展示しました。入ってきた約400人のお客さまは、いつのまにか参列者というわけです。なぜ、舞台で玉屋さんの告別式をやったかというと、取材を通して、僕自身も知らなかった玉屋の歴史に感動したからです。「玉屋が地元のためにどれほどがんばってくれたのか」を、強制的に(笑)お客様にも知ってもらう作戦でした。

 (大塚)そして上演するモノ語りは、福岡の商業を支えてきた「玉屋の思い」を、天神の岩田屋、西鉄、大丸が継ぐストーリーです。玉屋さんの決めぜりふは「いいかい、いくら儲かるからといっても、閉店セールは一回だけよ」。お客さんは大盛り上がりで、笑って泣けるギンギラが確立した公演でした。

バラで彩られた福岡玉屋のかぶりモノ。川端商店街をはじめ、博多の街と人に愛された74年だった。廃業後に、玉屋跡に開業した商業施設「ゲイツ」も開業からもう10年超。中洲の風景になっている
1951年、福岡玉屋デパート屋上の動物園で暑さにうだって行水するゾウと、水をかける子どもたちの笑顔
ゲイツの入り口にあるライト。玉屋で使われていた物が引き継がれているという
閉店を惜しむように福岡玉屋のプレートを触る婦人客=1999年7月15日
玉屋廃業と同じ年、1999年に開業した福岡交通センタービル(現・博多バスターミナル)。一見地味なキャラだが、ギンギラのステージでは重要な役回りを演じる
玉屋廃業翌年の2000年10月20日朝刊。同日、「九州初の本格アウトレットモール」をうたうマリノアシティ福岡が開業し、見出しは「流行の天神VS安売り西部」と伝えた









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