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これぞ昭和からの贈り物 ”ビンテージマンション”が平成を超えてもたらす価値

2019年02月24日 03時00分 更新

記者:福間慎一


  • チャペルサイドアパートメントのロビー。これほどのぜいたくな共用空間が、50年前の賃貸住宅にあったというのは驚きだ

  • 正面は、米国西海岸を思わせるような雰囲気だ

  • 部屋の号数表示板にも趣向が凝らされている

  • 広々とした屋上も共用空間。丘から吹いてくる風が心地良い

 福岡市中央区の浄水通り近辺は、屈指の高級住宅地として古くから知られてきた。

 天神や博多の都心に近く、かつ緑豊かな丘陵地。うっかり通り過ぎてしまいそうな細い通りに入ったところに、「チャペルサイドアパートメント」という名前のマンションが建っている。

 完成したのは1968年1月、もう51年も前だ。正面には堂々とした「CHAPEL SIDE APARTMENT」の館名板。自動ドアを入ると、ホテルのロビーを思わせる共用空間が広がっている。凝ったデザインの照明が掲げられ、壁には一面、この場所のために特注した緑色のタイルが敷き詰められている。水色のガラス戸を通して、瑞々しい色の光がエレベーターホールに降り注ぐ。

 部屋の号数は、装飾が施された高級感あふれる円盤に記されている。室内に入れば明るい色のタイルがレンガのように張られたキッチン、広々としたリビング。障子も普通の格子状ではなく、横長い枠を使ってデザインされていて、素人目にも上質さが伝わってくる。水回りや消耗部分はもちろん更新されているが、先述した主要なデザインは、建築当時のままだそうだ。

 「最初にこの物件のことを知った時は、本当に驚きました」と話すのは、不動産仲介やリノベーションなど、住まいに関する事業を手掛ける「ひかり生活デザイン」代表取締役の春口治彦さん。会社設立から間もない15年ほど前、「資料だけではわからない、いい物件があるのでは」と自転車で市内を回っていたときに、この物件に出会ったという。

 1970年前後といえば、高度成長期を経て全国にいわゆる「団地」が立ち並んだころ。限られた空間の中に棟が並び立ち、室内も比較的狭い空間の中に2DK、3Kというシンプルな間取りが主流だった。共用ロビーはもちろん、エレベーターはほとんどない。

それらとは一線を画すチャペルサイドアパートメント。実は年代を重ねた上質な「ビンテージマンション」として有名な存在という。

 20年ほど前までは「古い物件」=良くない、という反応が主流だったという。「でも色あせたタイル一つでも『汚い』と感じる人もいれば『味がある』という見方もある」。ストーリーがある古い物が好きだった春口さん。そうした物件を集めたサイトを2005年に立ち上げた。当初は「月間100人ほど」だったという閲覧者は今、年間ページビューが20万に達するほどに成長している。

 春口さんが考える「ビンテージマンション」とは、1960年代後半〜70年代前半に完成し、エレベーターなどの設備を備え、細部に至るデザインにもこだわった上質な物件を指す。その数は元々それほど多くなく、バブル景気をはじめとした不動産市場の活況期に、取り壊されたものもあったという。


高度経済成長期、福岡市の別府団地(現・城南区)で開かれた団地対抗バレーボール大会の様子=1962年6月
平成に入って、高層の住宅も増えた。写真は建設が進んでいた福岡タワー横の高層マンション=1995年4月
春口治彦さん。「ひかり生活デザイン」が入居するこのビルも、1962年に完成した賃貸マンションだ
浄水通り近くのビンテージマンション「シャトレ南公園」。館名板も特徴的だ
照明や壁の装飾などに工夫が凝らされたロビー
宅配された牛乳を入れる「ミルクチェスト」もそのまま残っている(上)。浴室は懐かしいモザイクタイル敷きだ(下)
→1972年に建てられたKYOYA薬院ビル。アパレル系の店舗が入り、薬院の街並みにマッチしている
エレベーターホールの装飾(左)や曲線状の階段(右)に、どことなく「海」を感じる
福間慎一(ふくま・しんいち)<br />
福岡市生まれ、2001年入社。文化部、長崎総局、本社報道センターなどで記者。1年間のヤフー出向を経て17年9月からqBiz編集長。特技は居酒屋のメニューを指1本でくるくる回すこと。









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