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ついに出た“玄関口の本気”、JR博多シティの「コト消費」 結束強い天神も新たなステージへ 福岡流通戦争モノ語り(7)

2019年03月12日 03時00分 更新

記者:福間慎一


  • 次々に上がった核テナント候補

  • 開業直後のJR博多シティ屋上の「つばめの杜ひろば」を走ったミニ機関車を楽しむ親子連れ(2011年3月)

  • JR博多シティ開業の影響で苦戦する天神の様子を伝える本紙紙面(2011年5月26日付)

 新しい博多駅の核テナント候補には、井筒屋、高島屋、丸井と次々に候補が挙がった。最終的に選ばれたのは阪急。九州の人々にとっては、かつてのプロ野球球団「阪急ブレーブス」や「阪九フェリー」の印象はあるものの、百貨店としての阪急は一見、なじみ薄いものだった。

 (大塚)実は、1936年に開業した岩田屋がお手本にしたのは「日本初のターミナルデパート」を実現した阪急でした。百貨店を作ろうとしていた岩田屋呉服店の中牟田喜兵衛に、九電をつくった松永安左エ門が、阪急の小林一三を紹介して、「九州初のターミナルデパート」が誕生したんです。岩田屋開店には小林も駆けつけたそうで、岩田屋の社員研修を阪急で実施するなど繋がりがありました。こうした天神の歴史を知っていたので、阪急の進出を聞いて、「そうか、天神のお手本だった阪急が、今度は博多を盛り上げるために来てくれるのか」と、時空を超えた縁を感じました。

 そして2011年3月、白や銀色の明るいイメージに衣替えしたJRシティが開業した。阪急を中心した新たな拠点が繰り出したのは、物を売るだけでなく、体験を売る「コト消費」だった。

 (大塚)JR博多シティが見事だったのは、「各世代が出掛ける楽しさ」を追求してくれたことです。アミュプラザは人気ブランドだけでなく、東急ハンズ、大型書店、家族で楽しめるポケモンセンターと、それぞれの世代がワクワクできます。博多阪急は、「コトコトステージ」を作り、コト体験をアピールしました。究極は屋上の「つばめの杜ひろば」です。神社、子どもの汽車、展望台と、家族連れでにぎわっています。

 (大塚)「警備など安全管理の費用がかかるので屋上は使わない」というのが当時の流れでしたが、なぜ屋上を作ったのか?関係者に取材すると、「昔のデパートのように、家族でワクワクできる空間を作ろう」と一般開放が決まったとのこと。各階のエスカレーター周りに設置された「ゆったり座れる空間」も印象的でした。博多シティには「屋上維持や無料休憩スペースに費用をかけてでも、心地よさを追求するのだ」という志を感じました。

 さらに、これまで天神がほぼ独占していた「九州初出店」も博多に流れた。アミュプラザのテナント229店のうち、九州初登場は84。店舗面積が2倍以上にふくれあがった巨艦のインパクトは大きかった。

 (大塚)ついに「九州初進出が天神でなくて博多」という事態も起きました。天神の流通関係者に取材をすると「天神を選んだ九州初ブランドから『博多に2号店を出したい』と言われて困った」との声も。これは天神にとって、本当に脅威でした。

 そもそも、かつて天神に集まった「つばめ族」はJRの特急で博多に降りる人たち。それが博多で買い物をするようになる。まさに、各地のJR再開発ビルと同じ展開だった。天神の売り上げは、落ちた。

 (大塚)JR博多シティのスタートダッシュは本当に凄かったです。天神の百貨店が午後8時で営業終了なのに対して、博多シティは午後9時まで。駅ビルですから仕事帰りにギリギリまで買物ができます。店休日も作りませんでした。さらに「往復切符と商品券の割引セット」という鉄道会社ならではの援護企画もあり、どれもインパクトは十分でした。

 しかし、やはり天神はそこで終わらなかった。何が起きたのか。


JR博多シティのかぶりモノ。高さ、デザインとも一体感が再現されている
博多駅大改造の方針を報じた2002年1月1日付の本紙
天神の結束を象徴する、商業施設の懸垂幕。他店の出店を歓迎し、お互いにエールを送ってきた。左二つは1997年、三越開業時の大丸とエルガーラ開業時の三越。右二つは2010年、パルコ開業
左二つは2016年の岩田屋80周年を祝うパルコと大丸。右から二番目は2018年に15の商業施設が掲げた都心界70周年のイメージ。右端は2019年2月、30周年を迎えるイムズとソラリアの懸垂幕
JR博多シティ開業から3年、天神と博多の好循環を伝える紙面(2014年2月19日付)









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