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佐賀に薬局が多いワケ その知られざるルーツをサガす

記者:鶴智雄

江戸時代の大坂の薬局を再現したコーナー

田代売薬の行商人が使っていた薬の預け袋や預け箱、柳ごうり

シンプルな外観が目を引く中冨記念くすり博物館

薬木薬草園を案内する荒島和彦さん

 「佐賀って薬局が多いね」。佐賀に遊びに来た知人の何げない一言が気になって調べてみると、厚生労働省の集計(2014年度末)で佐賀県は人口10万人当たりの調剤薬局数が63・8カ所と全国で最も多いことが分かった。なぜなのか。「ルーツは鳥栖市にある」との情報を得て、鳥栖を訪ねた。

 九州自動車道の鳥栖インターチェンジを降りて約3分。のどかな田園を抜けると、現代的な建物が見えてくる。「造形の詩人」と呼ばれるイタリアの現代彫刻家チェッコ・ボナノッテ氏が設計した「中冨記念くすり博物館」だ。

 「九州では唯一、全国でも二つしかない薬の博物館です。製薬業は窯業、農業と並ぶ佐賀の三大産業の一つなんです」。同館職員の荒島和彦さん(39)が笑顔で出迎えてくれた。

 荒島さんや同館の資料によると、鳥栖市東部と基山町一帯は藩政時代に「田代(たじろ)」と呼ばれる対馬藩の飛び地で、長崎街道の田代宿が置かれた交通の要衝だった。行き交う旅人の中には富山県の配置売薬人もいて、田代の人々は製薬の知識を学んだという。最盛期、田代からおよそ500人の売り子が全国へ出掛けた。

 荒島さんの案内で2階建ての館内を見学した。1階の目玉は、19世紀末の英国ロンドン郊外の薬局店内を移築した「アルバン・アトキン薬局」。棚にはニトログリセリンなどの瓶がぎっしりと並ぶ。「映画ハリーポッターの世界のようだ」と若い世代の評判を呼んでいるという。

 2階は、近世から昭和期まで使われた行商用の柳ごうりや預け箱、製薬の道具類が展示されていた。江戸時代に大坂にあった薬局を再現したコーナーも。

 同館は薬木薬草園も併設する。約2500平方メートルに350〜400種の植物が植えられ、ナンテン、アジサイといった身近な植物も目についた。

 現代の製薬業の礎となった田代売薬。同館はその歴史を伝えようと、田代売薬の流れをくむ地元の久光製薬が1995年、創業145周年記念事業として建設した。行商の範囲は九州を中心に四国や中国地方、朝鮮半島まで広がったが、生活様式の変化で戦後は徐々に衰退した。

 同館職員の重松めぐみさん(48)は「佐賀で製薬業が盛んなことは県民にもあまり知られていない。佐賀の誇る文化遺産を後世に伝えていきたい」と語る。

 昨年4月、同館の所蔵資料が県重要文化財に指定されたのを記念して、貼り薬や帳簿など約100点を展示する特別展「田代売薬」を9月3日まで開いている。

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 鳥栖市神辺町288の1。月曜休館(祝日の場合は開館、翌日休み)。開館時間は午前10時〜午後5時、入館料は大人300円、高校・大学生200円、小・中学生100円。0942(84)3334。



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