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豪雨被災地を照らす希望の「ほたる」 日田の山里にカフェオープン 醤油屋今日談(9)

記者:川崎弘氏
元記者ピロシの醤油屋今日談

谷のくまちゃん家の「ほたる膳」。復興への願いが込められている

昨年7月の豪雨で発生した日田市小野の土砂崩れの現場。山肌が再び崩れないか不安視されている

川崎弘(かわさき・ひろし)氏
1980年、佐賀市生まれ。2003〜17年、西日本新聞の記者として事件、経済分野などの取材・執筆を手掛ける。17年10月、妻の実家である大分県日田市の醤油・味噌製造会社「まるはら」に転職。14年ぶりに新入社員に。ロック、カレー、日本酒好き。



 砂で汚れた醤油の1.8リットルのペットボトル。ラベルには、わが社のロゴマークがプリントされている。昨年9月ごろ、あるお客さまから「これ、引き取ってもらえんやろうか」と持ち掛けられた。

 昨年7月、大分県日田市は豪雨に見舞われた。市北部にある小野地区では、大規模ながけ崩れで川の水がせき止められ、集落内に大きなダム湖ができた。

 お客さまは、現場近くにあった「伊藤商店」という小さなお店の店主、伊藤元裕さん。避難して命は無事だったものの、店は2メートルほどの高さまで浸水したという。

 ペットボトルは、店頭に置いていた商品の一つだった。70年近くうちの醤油を販売してもらっていたそうだが、災害後に閉店を決断された。僕が訪ねた時は、復旧途上の店の片隅に、無残にも白い砂まみれた醤油や酢が20本ほど置かれていた。

 一般的に、お買い上げいただいた商品を引き取るのは、こちらに不手際があった場合だ。応じたくても、新入社員としてはすぐに判断がつかない。翌日、社長に相談すると事情を汲んで、すべて引き取って返金をすることになりホッとした。

 それから半年。今年3月23日、伊藤商店の前にカフェがオープンした。名前は、「谷のくまちゃん家」。「家」の読み方は「け」でも「や」でも「いえ」でもない。日田の方言で「げ」と読む。以前、熊太さんという方が住んでいた古民家で、敷地の裏に谷川という小川が流れていることから、地元ではそう呼ばれていたという。
  
 ここは元々、地元の有志が地域のにぎわいの場にしようと、カフェを開くべく1年近くかけて準備を進めていたが、開店予定日の2日前に豪雨が襲った。建物は奇跡的にガラスが1枚割れただけで済んだが、メンバーの中には住まいを失った人もおり、計画は一時に宙に浮いた。

 しかし時がたつにつれ、住民の傷ついた心をいやし、復旧への気持ちを奮い立たせる場として、カフェ開店の機運が再燃。メンバーは、復旧作業の合間に少しずつ準備を進め、予定より8カ月遅れでオープンにこぎつけた。伊藤さんも、作業に汗を流してきた一人で、奥様は厨房で料理の腕を振るわれている。

 一押しメニューは、かまどで炊いた白米とみそ汁に、甘めに煮込んだ油揚げ、ゼンマイやワラビの小鉢などを添えた素朴な定食だ。その名も「ほたる膳」(1300円)。周辺は今も、土砂崩れや壊れた護岸の跡が生々しいが、夜を照らす蛍のように希望をともそうという願いを込めて付けられたそうだ。

 ちなみに、このほたる膳、オプションで卵ご飯にもでき、うちの商品である卵かけごはん用の醤油を使って頂いているのでぜひご賞味を――。ん? なんだか下世話な話になってきたが、微力ながら、製品を通じて復旧のお手伝いをさせていただけることは、醤油屋冥利に尽きる。ものづくりをする仕事をしていて良かったと思う。

 これから、また梅雨の時季がやってくる。山肌には今も多数の倒木が横たわっていて、大雨が降ればいつ流れてきてもおかしくない状態だ。住民の不安は払拭されていない。「災害後、生きてることのありがたさを本当に感じられるようになった」と伊藤さんは話してくれた。

 被災された方々に末永く寄り添えるよう、日々の仕事にしっかり取り組みたい。



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