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平成とともに産声を上げた三つのビル、それぞれの運命 【新企画】福岡流通戦争モノ語り(1)

記者:福間慎一
フクオカ流通戦争

あけましておめでとうございます!天神を彩るビルのかぶりモノに囲まれた大塚ムネトさん

警固公園から見上げたソラリアプラザ。建物の写真は、ギンギラのかぶりモノと実物をコラボレーションさせていきます

ソラリアプラザの落成式の様子を伝える1989年3月23日付の西日本新聞夕刊

イムズ。金ぴかのビルと吹き抜けが大きな話題を集めた

当時は珍しかった吹き抜け高層ビルだったイムズとソラリアに消防局が防災指導も行った(1989年5月12日付の本紙夕刊)



 いよいよ2019年の本格スタートです。平成が幕を開けた30年前は、福岡市・天神にも「次の時代」がやってきた年でした。平成もあと3カ月あまり。ビルや乗り物の「かぶりモノ」を通して街を見つめてきた劇団「ギンギラ太陽’s」主宰の大塚ムネトさんと一緒に、福岡の激動の歩みをたどります。それでは、タイトルコールです!
 「qBiz×ギンギラ太陽’s 平成さよなら企画 福岡流通戦争モノ語り

      
イムズとソラリア、吹き抜けに新風
      

(大塚)ソラリアプラザの場所には元々「福岡スポーツセンター」がありました。大相撲の九州場所が開かれ、アイススケート場もある「コト」を体験する楽しい場所でした。今、ソラリアにスポーツクラブが入り、映画館もあるのは、ここが物を売るだけではなく「コト」も体験できる場所としての流れを受け継いでいるんだなあと感じます。

 そして、これはゴールではなく、西日本鉄道が掲げた一大街づくりプロジェクト「天神ソラリア計画」のスタートでもありました。後々、駅が大きく南に動くという、100年に一度と言っていいダイナミックな動きの始まりです。でもソラリアができたころ、僕たちは「街が変わる」というところまではイメージできていませんでした。

 <天神商戦“嵐”はらんで>

 1989年3月23日の西日本新聞夕刊、ソラリアプラザの完成を伝える記事には、こんな見出しが踊っていた。記事にはこうある。

<四月十二日オープン予定のイムズ(地下四階、地上十四階)も含め天神商戦は一段と激化。人の流れを大きく変えることになるとみられる>。文字通り、天神の街はここから「嵐」を迎えながら、大きな変ぼうを遂げていく。

 ソラリアを追うように開業したイムズ。本紙は社説で<「地上十四階地下四階、金色に輝く八角形のデザインが奇抜>と評した。「インター・メディア・ステーション」の略。4階に自動車ディーラー4社が出店するなど、館内の至る所にショールームが並ぶ「情報発信基地」は、これまでの商業施設=物販という常識をくつがえすものだった。

 天神のど真ん中に金ぴかのビルができる、これには驚きました。イムズのビル表面は金色の有田焼のタイル。かつて関係者に聞いた話で好きなエピソードがあります。「1枚だけ『本物の金の板がある』らしい」というジョークです。本当だったら面白い。名前の候補はイムズの他に、「オクトピア」「ミュー」など207案あったとか…。

 ソラリアとイムズは、福岡にとって新しい「吹き抜け型の高層ビル」だった。防災面を懸念した福岡市消防局がビル内部の広場の利用を制限するなどの、異例の防災指導をとった。

 イムズで地下から上を見上げたときの衝撃は忘れません。イムズの前には「天神ファイブ」という施設がありました。その跡地開発に名乗りを上げた百貨店の玉屋は、吹き抜け構造の斬新なイムズ案の前にコンペで破れます。ギンギラの舞台では、「イムズの吹き抜けに玉屋を建てさせて!」という玉屋のセリフがお客さんの笑いと涙を誘っていました。

 イムズは「演劇」という意味でも情報を発信してくれた。全国の小劇場の舞台をイムズホールに呼び、僕らは生で全国の演劇を鑑賞することができました。そして九州のがんばっている劇団を招く「憧れの舞台」だった。演劇人の背中を押してくれる存在でした。本当に感謝しています。






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