ようこそ ゲスト様

qBiz 西日本新聞経済電子版

デスクコラム

一覧ページへ

「えっ…そんなことをやっていたんですか」と言われる日は、必ず来る

2017年12月17日 03時00分 更新

記者:福間慎一


  • 西日本新聞社屋上で行われていた伝書バトの訓練

 かごから元気良く飛び立つハトの群れ。この写真が撮影されたのはかつての福岡市・天神。西日本新聞社(旧社屋)の屋上だ。

 ペットではない。撮影した写真のフィルムなどを運ぶために、1958年まで本社で実働していた伝書バトは貴重な戦力。西日本新聞に実在した「写真部ハト係」を「冗談でしょ」思う人もいることだろう。

 私は2001年9月に新聞社に入った。仕事に必要だから、と買うように指示されたのはフィルムの一眼レフカメラ。会社に戻って現像したら、全部露出オーバーで真っ白、という苦い経験もある。次年度入社組はフィルムカメラを買っていなかった。デジタルカメラの支給が始まったからだ。

 原稿送信についても、16年前はまだ、モバイル機器が支給されていなかった。自席から、つなぐたびに「ギガーギゴー」と音が鳴るダイヤルアップ接続を使い原稿を送っていた。

 あれから17年、私たちは当たり前のように、原稿も、デジカメで撮影した写真も現場からインターネットで送信している。

 で、ふと思うのが、「ネットがないころの記者はどうやっていたのか」。

 酒の席で先輩から昔話を聞かされたことがあったが、正直に言うと酒の席ではお説教が混じるので、半分ほど聞き流していた。あらためて知っておきたいと思い、1975年に入社して医療や科学技術の取材を長く担当し、定年後再雇用の現在、私と同じデジタル編集チームに所属する嘉悦洋さん(66)に話を聞いた。

 42年前――。当然だが、そこにはインターネットも携帯電話もない。山口総局(当時、山口市)で駆け出し記者だった嘉悦さん。総局から離れた地域で事件や事故が発生。先輩記者と急行した現場で、取材の前に必ずやるのが、戸別訪問して行う、ある「お願い」だった。


現在は何台ものモニターに囲まれ、ウェブ向けの速報を担当する嘉悦洋さん
福間慎一(ふくま・しんいち)<br />
福岡市生まれ。2001年に西日本新聞社に入社、文化部、長崎総局、本社報道センターなどで記者。紙面編集にも約4年間従事。16年9月から1年間、ヤフー株式会社に出向、17年9月からqBiz編集長。特技は居酒屋のメニューを指1本でくるくる回すこと。
ADGLAT




コラム qBizコラムの最新記事

そもそもqbizとは?

Recommend

ランキング

Recommend

特集 最新記事

コラム 最新記事