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元記者ピロシの醤油屋今日談

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日田祇園で考えた、伝統を引き継ぐ難しさ 醤油屋今日談(15) 【動画付き】

2018年07月27日 03時00分 更新

記者:川崎弘氏


  • 日田祇園祭の山鉾。煌びやかな装飾が特徴で、高さは10メートルを超える山鉾もある

  • 川崎弘(かわさき・ひろし)氏
    1980年、佐賀市生まれ。2003〜17年、西日本新聞の記者として事件、経済分野などの取材・執筆を手掛ける。17年10月、妻の実家である大分県日田市の醤油・味噌製造会社「まるはら」に転職。14年ぶりに新入社員に。ロック、カレー、日本酒好き。



 ここ日田市では、7月21、22日に恒例の日田祇園祭が開かれた。ご存知ない方もいるかと思うが、豪華な山鉾9基が町内を練り歩く祭りで、歴史は約300年。2年前にはユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の一つに選ばれた祭りである。

 僕も参加8町の一つ「港町」に8年ほど前から毎年参加しているが、地元住民となってからは初めて。本番の2日間だけでなく、事前の準備から約20日間にわたって祭りに関わった。

 木の車輪や人形を取り付けたり、装飾の道具を作ったり、と作業は多岐にわたる。その一つ一つに「こうしないといけない」「こうやってはいけない」「こうやった方が効率がいい」といったルールや手順がある。しかも、それらは明文化されておらず、人によって微妙に言うことが違うので、こなすのはなかなか大変だ。

 作業は、町内の大工や建設関係の仕事をしている人を中心に進む。僕は、手先が不器用な上、インパクトドライバー(電動ドライバー)を使った経験すらないため、足手纏いになることも多く、紐の結び方が下手なために「紐師」という皮肉を込めたあだ名をつけられたことも…。褒められることはほとんどないし、失敗をすれば延々とイジられる。しかも、本番の巡行は体力的にかなりハードだ。

 こんなふうに書くと、面倒くさい集団だと受け止られるかもしれない。ある意味、間違いではないが、実際の作業の間は冗談や笑いが絶えない。人と人の距離が近く、人間くさい関係がそこにはある。

 社会人になったあたりから、目上の人からも「君付け」「さん付け」で呼ばれることがが多くなったが、祇園の中では「川崎」と呼び捨ててくださる方が多く、逆に心地いい。経歴や肩書とは無関係の自分の居場所がある。

 そんな祭事ではあるが、わが町は最近、慢性的な担ぎ手不足に悩まされている。山鉾を動かすのには20人強の担ぎ手が必要だが、日によって参加者の数に変動がある。巡行途中の交代もあるので、総勢50、60人いると助かるのだが、地元の中学生がいないとままならないのが実情だ。20〜40代が特に少なく、今後の祭りの存続には不安を抱えている。

 醤油の仕事とは無関係の話でここまで引っ張ったのは、人口減少が進む中で伝統行事も仕事も生き残れるのかという不安を、祭りに参加してひしひしと感じたからである。会社がお客さまや取引先さまに支えられているのと同様、祭りは、担ぎ手、囃子方(祇園囃子の演奏者)、炊き出しをしてくれる婦人方、浄財を寄付してくださる有志の方などに支えられている。

 多くの地方都市と同様、日田市でも祭事は年配者の割合が徐々に増え、先細りしている。「伝統」という、形を崩すことを良しとされないものを、いかに時代に当てはめていくのか。社会の一員として今後に引き継いでいく責任を感じる、と言えば格好いいかもしれないが、どうやら、そんなアマいものじゃないぞと、どれだけ歯を食いしばってもうまく動いてくれない山鉾に教えられた気がする。

 と、ここまで書いておきながら、実は、本番の2日前に行われる試し曳きの際、両足の裏にマメができた僕。沁みるような痛みでうまく歩けなくなり、初日は山鉾の上で電線や電話線が引っかからないように捌く役に回り、2日目は無念の欠席。

 もっともらしいことを言う前に、心身を鍛え直さないといけないようである。



追伸:せっかくなので、マメのおかげで座ることになった高さ7m超の山鉾の上の「特等席」から撮影した動画をアップします。一人でも多くの人に日田祇園を知ってもらうことが伝統を引き継ぐ原動力になるので、ぜひご覧ください。

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