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元記者ピロシの醤油屋今日談

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【新企画】元記者・ピロシの醤油屋今日談(1) ああ、魚醤様

2018年01月12日 03時00分 更新

記者:川崎弘氏


  • 白い樽から製造途中の魚醤をひしゃくで掬う筆者。一滴もこぼさないように細心の注意を払う



 醤油(しょうゆ)屋に入って最初に与えられた仕事は、商品の一つである「魚醤(ぎょしょう)」を桶からひしゃくですくい、ろ過する機械に移す作業だった。

 原料はアユと塩だけ。醤油と似た外見の魚醤が入った桶の容量は80リットル。指導係の先輩の腕の動きは単純そうに見えたが、製造途中の魚醤には沈殿物があるので、桶の中で激しくひしゃくを動かすことは厳禁だ。とはいえ、慎重になり過ぎると時間がかかり、そのバランスはなかなか難しい。動作を繰り返すうちに、ひしゃくの縁からこぼれた魚醤のしずくが床に点々としていた。

 慣れない作業に募るイライラ。しかし、たしなめる先輩の一言で背筋がシャンとなった。

 「ああもったいない。魚醤様がこぼれた」

 醤油やポン酢に敬称を付ける人は、まずいないだろう。先輩があえて付けた「様」には、商品ロスを減らそうとする気概に加え、原材料への感謝の気持ちや、お客様への真心を忘れてはいけないという自戒を込めた響きがあった。

 野球選手がグローブを、サッカー選手がスパイクを大事にするように、「魚醤様」はプロとしての基本の心構えが詰まった表現なのである。振り返れば、記者時代の自分は「ペン様」「メモ帳様」と呼んだことがあっただろうか…。

 工場では、桶の中から原材料をほかの容器に移した後、ゴム製のヘラで桶の内側をこそぐことが通例だ。一滴を無駄にしない醤油づくり。当たり前と言えばそれまでだが、古くから受け継がれる「もったいない」の精神を体現しているようで、手前みそながら清々しい。

 ちなみに、魚醤の原料がアユと聞いて驚いた人もいるかもしれないが、アユは職場がある日田の名物。そのアユから生まれた魚醤には臭みがほとんどないのが特長だ。

 ああ、魚醤様――。その言葉が口から自然と出てくるような感受性を、大事にしていきたい。

<次ページ:ピロシより、企画開始にあたって>


川崎弘(かわさき・ひろし)氏<br />
1980年、佐賀市生まれ。2003〜17年、西日本新聞の記者として事件、経済分野などの取材・執筆を手掛ける。17年10月、妻の実家である大分県日田市の醤油・味噌製造会社「まるはら」に転職。14年ぶりに新入社員に。ロック、カレー、日本酒好き。<br />
まるはらのHP=<br />
 http://www.soysauce.co.jp/index.html









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