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出前の神髄は「ダブルプレー」? 老舗中華のロング・アンド・ワインディング・ロード

2019年02月10日 03時00分 更新

記者:福間慎一


  • 1969年1月30日にビートルズが「最後のライブ」を屋上で行ったロンドンの旧アップル本社ビル(2017年10月、福間撮影)

  • 出前に出ていたころの運び方を再現する下田浩一さん

  • 紅蓉軒の店内は、はじめて来た客が店を間違えたかと思うほどビートルズであふれている

 ビートルズ好きにとって、ここ数年はさまざまな「50周年」に思いをはせることができる幸せな時間だ。先日、1月30日は1969年、ロンドンの旧アップル本社屋上で突然4人が演奏し、事実上最後のライブとなった「ルーフトップ・コンサート」から50年。映像では強風が吹き付け、ロンドンの冷え込みが伝わってくる。

 こちらは暖冬の福岡。とはいえ、さすがに寒くて外に出たくない日もある。空腹は募るが、料理に手間をかけたくないし、できればうまいものを食べたい。そういうときの心強い味方が「出前」だ。

 そういえば1年ほど前、中華料理店を営む下田浩一さん(54)が「出前は奥が深いとですよ」と話していたことを思い出した。

◇◇◇◇

 福岡市中央区春吉の「紅蓉軒(こうようけん)」は、下田さんの強すぎるビートルズ愛が店内をポスターやゆかりの品で埋め尽くし、ファンからは「ビートルズ中華」として知られている。父・政弘さん(80)が1966年に大衆食堂を開いたのが始まりだ。

 中洲にほど近い立地。当初から夜の店で働く女性たちが出勤前に髪を結う美容室や雀荘、旅館などから頻繁に注文が入った。母の美恵子さん(79)は「かき氷も出前しよりました」。女性たちは髪を結いながら、皿うどんをかきこんでいたそうだ。

 店は70年、人気が高かった中華料理に特化して衣替え。下田さんは中学生時代から出前を手伝った。「当時は出前と来店の売り上げの比率が『9.9:0.1』ぐらいだったでしょうか。とにかく注文が多かった」という。「ラブホテルのフロントにも、早〜くから出入りしよりました」

 80年代にかけ、注文は多い日で150件に上った。大学を中退して店を手伝うようになった下田さん。料理を載せた縦70センチ、横40センチほどの木製の出前箱を3、4個重ねてバイクで奔走した。「全部で20キロ以上、“キャリー・ザット・ウェイト”でした。毎日がハード・デイズ・ナイトで“ゴールデン・スランバー”(黄金の眠り)でした」

 中でも「一番つらくて、いやだった」のが、「器下げ(器の回収)」。取りに行った器が玄関先に出ておらず、しかも家人が不在となると、どっと疲れた。現在の宅配業界の「不在、再配達」も同じだろう。

 温かい料理を空腹の客に届けるという、時間との厳しい戦い。下田さんは出前を成功させるのに不可欠なのは辛抱強さと、経験に基づく機転だと話す。「出前はダブルプレーなんです」

 出前が野球のダブルプレー?どういうこと?

◇◇◇◇

 下田さんは現在、出前を受け持っていない。かつて心がけていた「ダブルプレー」の精神とは――。

 出前は注文を受けた順に届けるのが原則だが、例外として順番を厳密に守らないことがあり、その“例外”が多い。なぜかというと「多くのお客さんにできるだけ満足してもらうため」。

 野球でワンアウト、ランナー1塁。ゴロを捕球した遊撃手は二塁手に送球、そして一塁手に球を投げてダブルプレーが成立する。もし遊撃手が1塁に投げれば余裕で1アウトを取れるが、二塁でアウトを取るのはかなり難しくなる。「これと同じです」



出前用のバイクにまたがる父の政弘さん
紅蓉軒の店前には、「アビイ道路」の”道路案内”看板が掲げられている
福間慎一(ふくま・しんいち)<br />
福岡市生まれ、2001年入社。文化部、長崎総局、本社報道センターなどで記者。1年間のヤフー出向を経て17年9月からqBiz編集長。特技は居酒屋のメニューを指1本でくるくる回すこと。









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