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今なお街に残る30年前の遺産 福岡は「よかトピア」になっているか

2019年03月10日 03時00分 更新

記者:福間慎一


  • 福岡市博物館に収蔵されている太平君と洋子ちゃんの着ぐるみの頭部(後方)。手前は2人の博多人形

  • 1988年3月、開会1年前にお披露目された着ぐるみ。かなりのハードワークとなった

  • 福岡タワーの前に並んだインドの神々の石像

  • 貝塚公園にひっそりたたずむサムローとジープニー

 1989年、テレビからは〈で〜あい、ふ〜れあい、よかトピア〜〉というCMソングがことあるごとに流れていた。記者の頭には、そのフレーズとともに「三洋信販(当時)」の社名も一緒に刻まれている。30年たった今も頭の中でリフレインが止まらないので、CMとしてはかなりの成功と言えるかもしれない。

 「よかトピア」は言わずと知れた「アジア太平洋博覧会」の愛称だ。だが、そうは言ってもここは住民の流出入が激しい福岡市。「聞いたことはあるけど、何だったの?」と尋ねられることもある。

 バブル最高潮の平成元年、福岡市が市制施行100周年を記念して、現在の早良区百道浜や中央区地行浜の一帯の埋め立て地を会場に、市を挙げて催した一大フェスティバルは、89年3月17日から9月3日までの171日間開かれた。

 市による一部の動員などが問題にもなったが、期間中の来場者は約823万人。公式記録によると迷子の数は総計5921人、これがすごいかどうかは分からないが、とにかく大騒ぎだった。

 「アジアの拠点都市」を目指すという福岡市の方向性を決定づけた博覧会。記者自身も子ども心に「なんだか福岡がこれからすごいことになりそうだ」と感じた記憶がある。それから30年、街には外国人観光客があふれ、ビジネスでの行き交いも日常茶飯事になった。

 往時をしのばせるものは、この30年間で街角からはかなり減った。よく知られているのは、博覧会のシンボルでもあった福岡タワーの前にあるインドの神々の石像。博覧会との関連を知らない人からは「謎の石像」と言われることもある。たしかに唐突といえば唐突だ。

 会場周辺には、当時人気を博した地中海の古代交易船「キレニア号」の復元などもあったが、老朽化などで姿を消した。ただ、会場からずっと東、貝塚公園(東区)には今もタイの乗り合いオート三輪車「サムロー」2台とフィリピンの「ジープニー」が余生を送っている。ただ説明版はかなり読みづらくなっており、これも将来は「謎」となりかねない。

 公開はされていないが、当時の熱気を物語る“最上級の資料”と言っていいものが、福岡市博物館に眠っている。マスコットキャラクター「太平君と洋子ちゃん」の着ぐるみだ。太平君と洋子ちゃんのデザインは日本漫画界の巨匠・手塚治虫さん。よかトピアの開会式に出席を予定していたが、その1カ月前に手塚さんは他界した

 博覧会では「テーマ館」として使われた市博物館で、“2人”と実に30年ぶりの対面を果たした。しかし「胴体はかなり劣化してしまっていて…頭部しか出せない状態です」と学芸課長の米倉秀紀さん。無理もない。当時は会場でのイベントから病院への慰問まで八面六臂の活躍だった。「ちょっとすえたにおいもしますが、それだけ頑張っていたということでしょう」。タオル地の表面は少し色あせてはいるが、明るく元気な2体の表情は今も輝いている。



学芸員畑を歩み続け、3月で退職する博物館の米倉秀紀学芸課長
百道浜地区の歩道のタイルに残されている博覧会のマーク
30周年を迎えた福岡タワーには、外国人観光客がひっきりなしに訪れる
「喫茶ふじや」にある「昭和64年」と記された博覧会のステッカー









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